第9話

 短時間で色々なことが立て続けに起きている。俺の周りで、そして俺とは別行動を取っている眷属達の方でも。
 俺は簡単な交渉、あるいは確認をするために盗賊ギルドに向かったのだが、そこで俺は既にミネルバの手に堕ちていたギルドマスター、エマの罠に掛かりそうになる。しかし偶然の重なりとエリスの弁論、そしてアヤの活躍によって事なきを得、逆にエマを俺の眷属にした。彼女はミネルバと共にいる悪魔ゲルガーによってインスパイアドという魂を二つもった異能力者になっており、その過程で洗脳もされていたようだ。そんな彼女を眷属にしたことで、俺はミネルバが握っていた盗賊ギルドの実権を奪う形になった……予定よりかなり逸脱した収穫にまだ戸惑ってはいるが、しかしこの収穫は大きな力となるだろう。なにより、エマは良い女だ。一番大切なのはそこ。ギルドの方がおまけだよ。
 そして俺達とは別行動を取っていたカサンドラ達にも動きがあった。カサンドラはミネルバ達が人間の兵隊を集めここ金色の7番街に集結させていることから、闘技場で何か企んでいるかもと推測し、潜入させてくれと願い出た。正直あまり乗り気ではなかったが、どちらにせよ大人数でまとまった動きは取れないし、セイラ達もいるならと許可を出したのだが……その判断がある意味正しかったようだ。正しかったからこそカサンドラの身に危険が及ぶためあまり喜べる状況ではないのだが。
 まずカサンドラ相手にいきなり難癖を付けてきた者が現れたらしい。セリーナ……ブラスト・クローの二つ名を持つ闘技場の奴隷戦士があいつらに接触し、カサンドラと彼女の主……ということになっているエリスを罵倒し始めた。それに我慢できなくなったカサンドラをいさめながらも、結局アリスが大衆の前で大演説を行ってセリーナをへこませた……問題はこのセリーナの雇い主が、これから俺達が会いに行くベイリンチ卿だという事。おかげでカサンドラとセリーナ、エリスとベイリンチ卿という対立構図が民衆の間で大きな話題になるだろう。こうなることを想定してセリーナが挑発を仕掛けたと思われるだけに……これからの交渉がとても気がかりだ。
 更に、カサンドラは控え室で飲み水に毒を盛ろうとしたローエの僧侶を捕まえたという報告も受けた。その彼女はベイリンチ卿の指示で動いたことを自供し、しかも……ベイリンチ卿はローエ信者で、ミネルバがベイリンチ卿を含めたローエ教団の幹部クラスと密談をしていたとも証言したらしく……つまり、これから俺達はミネルバの息が掛かった男の元へ向かうことになる。ある程度は予測していたが、その予測が不幸にも当たっちまったよ。救いがあるのは、この情報がベイリンチ卿と会う前に得られたことだな。エマを手に入れるためにベイリンチ卿と会うのが遅くなったが……それが良い方へ傾いてるのも幸運としか言えないな。
 とりあえずカサンドラからは、その自供した僧侶が闘技場の管轄にある給仕奴隷だから、闘技場から彼女を買い取って欲しいと頼まれた。なんでもその給仕はローエの信者になる前はハーニアスの信者で、カサンドラに憧れていた元イーリス住民。カサンドラが闘技場で闘っていた時も顔見知りだったらしい。本来なら証拠隠滅するためにも血も精力も吸い尽くしてしまった方が良いんだが、「情」があるのかカサンドラは手元に残したいという。まったく、面倒なことを……部下ですら平気で切り捨てた隻眼のカサンドラがねぇ……ま、俺は今のカサンドラの方が断然好きだがね。
 俺はその僧侶を買い取る約束と、それからエマが盗賊ギルドをまとめ直すための助力としてシーラを派遣させることを伝え……今こうしてベイリンチ卿の邸宅前にいる。
 俺達がここ金色の7番街に出向くための口実となっている社交パーティは、この邸宅に住むベイリンチ卿主催。パーティの名目は闘技場の武闘大会を見学に来る社交界の歓迎。今にして思えば……エリスは豊富な人脈を使いベイリンチ卿が開くパーティのことを聞きつけ自ら参加したいと申し出たのだが……ベイリンチ卿とミネルバが繋がっているのであれば、既にその時からミネルバの罠に掛かっていたことになる。となると……事前に彼女が俺達の動向を把握していたのもうなずける。何処へ向かっているのかがハッキリしているのだから、気付かれぬよう俺達に偵察を付けるなんて容易だろう。まあそれが判ったところで状況は変わらないのだが。そもそもこの可能性はずっと考えていたし、ソレが正しかったと言うだけの話……嫌な話だが。
 名目となっているパーティは夜行われるが、その前にカサンドラが出場する武闘大会がある。来賓客の多くはただの見学だが、ベイリンチ卿のように所有している奴隷戦士を参加させている富豪もいる。舞台となる闘技場はそもそも傭兵ギルドや奴隷戦士を扱う奴隷商人達が兵士の腕前や奴隷の価値を披露するために建設され、それが賭を行う武闘大会の会場として増築を繰り返したものらしい。故に今でも闘技場の所有権は国ではなく数名の富豪が持っており、また開かれる大会もその富豪達の誰かが持ち回りでその都度運営する。今回はベイリンチ卿が大会を運営している為、彼が来賓を持て成しているのだ。
 そのベイリンチ卿がミネルバと関わっていることを面会直前になって知ることが出来たわけだが……しかしやることは予定していた通りであまり変わらない。
「とりあえず相手の作り出した流れに乗って構わないだろう。だがただ乗っかるだけにはならないようにな」
 面会前から準備を整えているのは俺達だけではない。ご自慢の奴隷戦士を使いカサンドラを挑発し、大会に向け集まりだしていた民衆に対し対立をアピールさせたベイリンチ卿。その他様々な準備をしていたに違いない。それらが何であるのか把握できないのなら、まずは相手の思惑に乗ってみるのも手だ。乗った上で相手の目的を知り、そこから流れを利用する。何をするにしても、まずは相手の出方をうかがうというシンプルだが重要な戦術。それだけにあらゆるタイミングで機転を利かせ流れを自分達の物にしなければならない難しさもあるが。
「心得ておりますわ、レイリー様。船はあちらに用意させますが、こちらには強力なオールが幾本もありますのでご安心を」
 流れを作るのはベイリンチ卿でも、それをコントロールするのはエリス。そうなるようあらゆる局面で彼女の外交能力が試されるだろう。
「では行くか」
「はい」
 ここからはまたエリスの独壇場。俺は見守るだけになるが……エリスなら上手くやってくれるだろう。嫌な予感はあるものの、俺は何処か安心感も得ていた。

「おお、これはエリス夫人。お待ちしておりましたぞ」
「この度のお招き、感謝しております。少々道中手間取りまして、到着が遅れたことお詫びいたします」
「いやいや、無事到着されて何より。ささ、こちらへ……」
 ごく簡単で形式的な挨拶を交わしたエリスとベイリンチ卿。ハゲ掛かった頭に小太り気味な体型。加えて口の上だけ長く伸ばした髭も蓄え……なんというか、「いかにも」といった感じそのままの男だなベイリンチ卿は。これでも……というか、こんなだからというべきか、「卿」の敬称が付いている爵位持ち貴族なのだが、貴族としてよりは富豪として、富豪としてよりは商人として知名度のある男だ。商売に手を出す貴族も最近は多くなってきたが、その目的は様々。単純に金儲けの為であったり、領土を潤わせる為に行ったりと色々あるが、コイツの場合は娯楽の為だろう。扱う品の多くは兵器であり、公にはされていないが奴隷も扱っているらしい。つまり武闘大会という娯楽を楽しむ為に商売をしているようなものだ。闘技場の所有権も3割ほど握っているらしく、いずれは闘技場の実権も全て握ろうと画策している……という噂がまことしやかに流されている。
 そんな男がエリスを他の来客達の待つ広場に案内し、そして本人はエリスに再び軽く頭を下げると一人で広場の中央に進み、大きく手を鳴らし来客達の注目を集めた。
「お集まりの皆さん、長らくお待たせいたしました。ではこれより闘技場の特等席へご案内させていただきますが、その前に本日の武闘大会について簡単にご説明させていただきます」
 多少ざわつきながらも、来客達がベイリンチ卿に注目する。その連中を見渡してみると……ふむ、ベイリンチ卿に勝るとも劣らない「いかにも」という貴族や豪商がズラリと揃っている。中には素顔を知られたくないのか、マスクを付けた者もいるが……その中にミネルバがいるかどうか見極めるのは難しいな。俺は貴族達の顔なんてほとんど誰も知らないから、どんな奴が来ているのかは見ただけで判断は出来ない。ただこんな所に来ているのだから「そーいう奴ら」というのだけは間違いないだろう。とりあえず注目すべき者がいたのなら、エリスが俺に報告するだろうが……どうやら特に注意すべき人物はいないらしい。
「此度の武闘大会はいつも通り、皆様ご自慢の奴隷戦士に集まっていただき技を競い合っていただくのですが……」
 わざとらしく言葉を切り、ベイリンチ卿はエリスに視線を送る。当然来客達もそれに気づき、エリスが皆に注目される。
「赤の13番街を占拠した夫を涙ながらに成敗し街を救ったエリス夫人が、急遽勇者を連れ参戦してくださることになりました」
 どよめきが広まる。エリスの訪問は噂で知っていた者も多いと思うが、その目的は「新しいパトロン探し」だと囁かれていた。金づるだった夫を失った為に、あの美麗毒婦が新たな獲物を求め金色の7番街に来た……そんな噂だ。そのエリスが勇者を連れてきたというのだ。その勇者が何者か知らないまでも、街を救うのに一役買っていただろう事は容易に想像が付き、そしてわざわざこうして紹介するのだから……騒ぎ出すのは当然かも知れない。
「その勇者とは、かつて我らの闘技場にて活躍した伝説の戦士、豪腕のカサンドラなのです!」
 どよめきが歓声にも似た驚愕の声に変わる。豪腕……俺が知る「隻眼」の二つ名は闘技場を出た後に付けられたもの。彼女が闘技場にいた頃は「豪腕」の名で知られていた。そしてその豪腕は、闘技場という娯楽施設に長年通い詰めている者なら知らない者はいない有名人。様々な伝説を残したらしいが……その伝説っぷりはこの騒ぎで予想できる。
「そこで! 此度の武闘大会は少し趣を変えまして、2グループに分けたワンデイトーナメント戦を行いたいと思います!」
 歓声が沸き上がる中、俺やエリスだけは眉をひそめている。ベイリンチ卿の話は今ここで初めて聞いたことだからな。1日で決着を付けるワンデイトーナメントという試合形式はよくある事だが、2グループとはどういう事か……ま、ろくでもないことを仕組まれたのは間違いないな。
「方や、通常通り奴隷戦士達によるトーナメント戦。方や、強力無比なモンスター軍団による勝ち抜き戦。互いに勝ち残った2名で決勝を行います。もちろん、我らが英雄にはモンスター軍と戦い、かつての腕前を披露していただきたいと思います!」
 更に沸き上がる歓声……この中で異議を唱えるのはもう無理だろう。こんな事だろうとは思ったが……ここまであからさまな組み合わせはヒドイが、来客達は盛り上がる試合が見られれば満足。有利不利は二の次だ。自分が所有する奴隷戦士でもない限りはな。
「エリス夫人。試合形式について相談したかったのですが大会も迫っていましたので……直前にこのような形でお耳に入れる無礼を許していただきたい。異論があるならば今仰っていただきたいが……いかがか?」
 異論もなにもな……こんな中で言えるはずがない。しかもベイリンチ卿はさも俺達の到着が遅れたのが悪いと言いたげだが……早く到着しても言葉を変えて結局は同じ事をしようとしただろうに。
 さて……話を振られたエリス。全員の注目が集まる中で、彼女はわざとらしく大きな溜息をつき、そして口を開く。
「話には聞いておりましたが……ここまであからさまな嫌がらせ、ほとほと呆れてしまいます」
 おいおい……ここで挑発するか? これはベイリンチ卿だけではなく、下手すると周囲の来客達をも敵に回すことになりかねないんだぞ? むろん考えあっての発言だろうから……俺は黙って見守ることしかできない。
「皆さんは何がお望みですか? 勇者カサンドラの勇姿が見たいというのならば、モンスターを相手に闘うのも良いでしょう。彼女にはその覚悟が出来ています」
 足音を響かせ、エリスは前へと歩き出す。まるで挑むようにベイリンチ卿の方へと。
「しかし異なるトーナメントを戦わせ、決勝を行うと? そこまでしなければカサンドラに勝てないほど皆様の奴隷戦士は「質」が悪いのですか?」
 怒らせて条件を整えさせようという作戦か……元々エリスは闘技場や武闘大会にこれ以上関わる気がないから、後のことよりも今のことを優先した……という感じか。ここで彼らを怒らせても、今後の痛手は少ないと踏んだか。まあ確かに、少なくともベイリンチ卿はどうせ「美味しく全てを頂く」事になりそうだし、関係が悪化したところでどうということはない……しかしそれはベイリンチ卿にも言えることだし、美麗毒婦を歓迎しない他の連中も同じ。だからこそこんなあからさまなルール変更であっても、むしろ喝采を上げることになっているのだ。そもそも卿は先手を打ち対立構図を民衆にアピールしていたのだから、ここでもあからさまな態度を取るのは当然といえるか。
「残念ながらエリス夫人の仰る通りなのですよ」
 苦笑いを浮かべながら大げさに肩をすくめる卿。その笑いは的を射た発言をされたことにではなく、エリスを小馬鹿にしている意味合いが強そうだ。
「ですから、この様なハンデが無ければとてもとても、勇者カサンドラに対抗できる戦士が我々の手持ちにはおらんのですよ」
 周囲からも似たような含み笑いの声がこぼれている。参ったな、ここまでアウェー感の強い状況になっちまってるとはね。
「むしろ此度の武闘大会は、勇者カサンドラの活躍に期待する大会と言い替えても良いでしょうな。我々の奴隷戦士で行うトーナメントの方は、おまけのようなものですよ」
 ここまでへりくだるとは……そうまでしてカサンドラを負かしたいのか? まだ「賭け」の話もしていないというのにな。しかしやりにくい相手だなこれは……エリスはどう出る?
「一方的に押しつけられてハンデもないでしょう? こちらにそのような条件を受け入れられるだけの「旨味」が何もありませんのに」
 その旨味として何を提示するか……ここからが駆け引きの始まりか。
「もちろん、相応の報奨金は用意してありますよ。皆様の前で下世話な話も出来ませんので……」
 あらかじめ用意していたのだろう、卿は懐から一通の封書を取り出しエリスに差し出す。側から離れてしまっている為エリスが確認している封書の中身を見ることは出来ないが……
「……本気なのですか?」
 エリスの言葉が、その内容の大きさを物語る。
「もちろん。冗談で念書は書けませんよエリス夫人。私は一人の貴族として、そして商人としても、信用を第一にしておりますから」
 その言葉自体は疑わしいが、渡した封書がただのメモ用紙ではないのは確かなようだ。
「……そちらの覚悟は判りました」
 エリスはそれとなくメイドとして同行しているフィーネを視線で側に呼び、そして封書を彼女に持たせる。つまり……条件をのんだ、ということだ。
「ご承知、感謝します。これで此度も武闘大会も盛り上がるでしょう!」
 卿の言葉と共に再び上がる喝采。どうやら……してやられた、という事のようだな。封書の中身が気になるが、強気に出たエリスを一発で納得させる……納得せざるを得ないだけの内容だったのだろう。相手の方が上手だったか……。
「では皆様、会場の特等席へご案内いたします」
 案内されるまでもなく場所を熟知しているだろう来客達と共に、俺達も闘技場へ向かう。エリス以上に強気だった卿は何を提示したのか……よほどの自信があるのだろうが、その自信の根拠となるものがなんなのか……カサンドラの身を案じずにはいられなかった。

 これは……納得するしかない。観客達の目を盗みながらフィーネの手に渡った念書の中身を見て眉間にしわを寄せた。
 ベイリンチ卿が所有している奴隷戦士と闘技場の権利。カサンドラが優勝した場合のみの特例懸賞として念書にはそう書かれていた。当然カサンドラが負けた場合に彼女を差し出すようにともしっかり書かれているが……いくら伝説とまで言われているカサンドラだとしても、相手が賭けている物と比べてしまえばカサンドラという「物」は小さくなる。そう、相手が提示している「物」はそれだけデカ過ぎる。デカすぎて……本当かと疑いたくなる。だが賭の対象として大きく逸脱もしていない。元々奴隷戦士の所有権を賭けることは盛んに行われているし、闘技場の権利だってベイリンチ卿の持つ資産から見れば一部の物件でしかない。あくまで趣味の一つを丸ごとパックでご提供……といったものと受け止められなくもない。武闘大会で培ってきた物を今回の大会で全て賭ける……といった覚悟として受け止められる規模ではある。
 逆に言えば、これだけの覚悟をしているのだから……という提示にもなり、ここまで提示されながら断ることは難しい。今後、今同じ特等席にいる連中との付き合いを考えなかったとしても、ここで断ったという事実は残り、それが尾びれ付きで悪く広まっては方々での活動がかなり厳しくなる。エリスが優秀な外交官でも、ここまでお膳立てを整えられては打つ手はないな。表情にこそ出していないが、エリスのはらわたは煮えくりかえっているだろう。そしてそれは俺も同じだ。
 ここまでしてでもカサンドラを手に入れたいのか……バックにミネルバがいることを考えれば、これだけ大きな物を賭けるだけの自信があるのだろうが……何を仕掛けるつもりだ。
 闘技場では今、今回の特別ルールの説明が魔法を使った拡声器の声でされている。そしてカサンドラの名が告げられると闘技場が一斉に唸った。たいした熱気だな……それだけカサンドラの名はここで知れ渡っているのか。そして対戦の組み合わせが発表されると、また会場が唸る。俺はといえば……あまりにもヒドイ組み合わせに溜息しか出ない。
 通常の奴隷戦士達が行うトーナメントは、それこそ通常通り8人による勝ち抜きトーナメント。だがカサンドラが放り込まれたモンスター軍団のトーナメントは……トーナメントとはとても呼べる物ではない。カサンドラを含め出場選手は4人。しかしカサンドラ以外の選手……というかモンスターは3人ともシード。つまり、カサンドラが残り3人全てを順に戦い勝たなければならない偏った表になっている。しかもトーナメントの戦いは2ブロックを交互にやるのではなく、先に通常のトーナメントを、後にカサンドラのいるトーナメントを行い、それが終わればすぐ決勝……つまりカサンドラは決勝含め4連戦を強いられる。ここまでヒドイのもありえないが、観客は沸いている。カサンドラなら出来るという期待が大きいのだろうか……有名すぎて過大評価されすぎてるような気がするよ。彼女が対戦するモンスターの名がまだ伏せてあるのも俺を不安にさせるが……もう今は見守るしかできない。
 試合は既に始まっている。通常ブロックのトーナメントは順調に進み、現在ブロック決勝戦が目の前で行われている。優勝候補……というか、優勝するように仕組まれ勝ち上がってきたのはベイリンチ卿所有の奴隷戦士、セリーナ。シフターと呼ばれる半獣の種族である彼女はその身体的な特徴となる俊敏さを活かし相手をかく乱させ、確実に拳や蹴りを装甲の薄い箇所に当てている。彼女の戦闘スタイルはモンクであり、素手で相手を倒すのが基本。だが彼女はかぎ爪の付いた籠手を装着しており、その爪で相手を切り裂く。ブラスト・クローの二つ名はここに由来しているようだ。
 なるほど……売り出し中の奴隷戦士と聞いていたが、確かに強い。優勝するように仕組まれているとはいえ、相手もけして弱いわけではなさそうだ。それでもセリーナは相手を「いびり倒す」余裕すら見える。止めをあえて刺さずにチマチマと相手を追い詰め苦しませているのは、それだけの余裕がある証であり、彼女が飼い主である卿と同じローエ信者でもある証だな。
 この手の試合は元来、接戦になればなるだけ見ている分には面白い物で一方的すぎるとつまらなくなるものだ。しかし彼女は観客を沸かせている。血に飢えた観客にとってはこのような残虐的公開処刑もまた楽しい物なのだろう……半分吸血鬼の俺が言うのも何だが、悪趣味な連中だ。この街にローエ信者が多いというのも頷ける。また彼女が人気なのは、おそらく彼女が女性であり、また容姿的にも「可愛い」からだろう。今はモンクが好むシンプルな軽装だが、フリルの付いた服を着せても似合いそうだ。シフターの特徴である獣の耳と尻尾が、その筋の「マニア」にはたまらないだろうしな。そんな女性が闘技場で残虐行為に笑みを浮かべ相手をなぶり殺す……ローエ信者なら卒倒もののショーになるわけだよコレは。
 試合は結局血みどろの相手が虫の息になったところで止められた。会場からは殺せ殺せとコールもされているが、返り血を浴びながらも笑顔でセリーナが会場に向け手を振ると、一気にセリーナコールに切り替わる。たいした人気だな……いいね、コイツは間違いなく俺様の獲物だな。
「……カサンドラさんと闘う前に、コッソリ「仲間」にしてしまう事は出来ないでしょうか?」
 隣にいたフィーネが俺に向け囁く。にやけた俺を見て僅かに苦笑しながら。
 俺の趣向はさておき、確かにフィーネが言うようにカサンドラの試合中セリーナを襲うのもここの「流儀」ではあるだろう。だが……
「カサンドラが怒るぜ。獲物を捕るなってな」
 不利になろうが疲れていようが、カサンドラはセリーナと直接闘いたがるだろう。自分を挑発してきた相手だし、なにより……強い奴と闘うことが彼女の快楽だ。闘技場での生活には疲れ果て嫌気を刺していたカサンドラだが、試合そのものは楽しんでいたらしい。一番安心できるのは影から命を狙われる心配のある日常よりも、直接命を狙いに来る戦場だったと、カサンドラは言っていたな。
「ではこのまま何もせずに見守るだけですか?」
 カサンドラを心配しているフィーネは落ち着いて試合を見ていられないらしい。気持ちは判るが、ここにいる俺達に出来ることは少ない。
「カサンドラなら大丈夫だろう……セイラ達もバックアップしている」
 試合前に邪魔が入ることもある……というか、既に毒を飲まされそうになったりしていたようだし、その後もアレコレと邪魔があったはずだ。その都度カサンドラ本人やセイラがちゃんと撃退しているはず。あれからこれといった連絡がないのが、むしろ無事である証だ。
「それにお前の妹たちが活躍しているみたいじゃないか」
 同行していたリーネとアリスは、闘技場の中で更に別行動を取っている最中。カサンドラに毒を盛ろうとした給仕を味方に付け、彼女の案内で闘技場内を一通り回っているはずだ。むろんただの見学ではなく、いざという時のために「保険」をかけて回っている。その保険を使うことになるかどうかは判らないが……備えあれば憂い無し、だ。
「やりすぎてないと良いのですが……」
「……そこは否めないな」
 俺が出した指示は「簡単な魅了を掛けておけ」というもの。何か起きたときに闘技場の中にいる他の給仕や奴隷戦士を味方に付け易くするための「下地」を作っておくことが目的だが……興奮して色々搾り取ったりしてないかっていう心配はある。まあそれはそれでいいんだが、いざって時に搾り取られた奴らが動けないんじゃ意味がないからなぁ。
「あっ……出て来ました」
 会場が再び沸き返る。かつてこの闘技場で活躍し伝説を築いた「豪腕」の登場に、観客は興奮している。いよいよ、カサンドラの試合が始まる。
 不意に、ペンダントが輝く。連絡と探索を兼ね備えた、もはや必須となっている魔具だ。俺はそのペンダントを強く握りしめた。
『見ているか? レイリー……そっち今話せる状況じゃないだろうから、無理しなくていいよ』
 ペンダントを通じ、カサンドラの声が伝わる。この魔具を持っている者同士で音声と映像を伝え合うことが出来るのだが、音声を届ける場合実際に声に出して話さなければならない。今俺はVIP席にエリスの護衛という名目で座っているため小声でしか話せない。その状況をカサンドラは理解しているようだ。
『ま、ドカッと座って見てなって。こんな試合、前にいた頃にもしょっちゅうあったから慣れてるよ』
 慣れても危険度は変わらないと思うが……カサンドラはこちらの不安を解消させたいのだろう。まったく、人の心配より自分を心配しろっての。
『レイリー……ご主人様が見ていてくれれば、私は無敵だよ。ま、ずっと見られてると違う意味で「逝っちゃう」と思うけどね』
 こんな時にまったく……それでこそ俺様の眷属だ。
 通信は切れたが、俺達の絆は切れないまま。カサンドラは俺が見守っていることを意識しながら、試合を勝ち進めてくれるだろう。
 さてカサンドラの連勝を飾る最初の犠牲者は……上げられた格子から出て来たのはミノタウロスだ。カサンドラと同じく大きなバトルアックスを構え、出てくるやいなや片足で地を蹴り砂煙を上げている。
 通常この手の闘技場に出てくるモンスターは、ある程度決まっている。無理矢理生け捕りにして連れてこられるモンスターに限定されるか、あるいは自らの意志で闘技場に出てくるモンスターか、だ。あのミノタウロスはどちらかといえば後者か……ミノタウロスでも生け捕りされる事もあるだろうが、遠目から見ても判る傷の数々は、ミノタウロスの中でも歴戦の強者という風貌がある。猪突猛進というイメージの強いミノタウロスだが、人間ほどの高い知能はなくとも巨人語で会話できるだけの知能はある。中には呪文を扱えるシャーマンもいるくらいだ。何らかの交渉の末に闘技場に出てくるというのもあり得る話……事実は何であれ、いきなり強敵が出て来たのは間違いない。
 試合開始の合図、銅鑼の音が響く。と同時にミノタウロスが突進してくる! それをカサンドラは……斧をその場に落として待ちかまえるだと?!
 刹那、観客の歓声による轟音が響き渡る。ありえねぇっつうか……なんでそんなことが出来るんだよ。カサンドラは迫り来たミノタウロスの角を素手で掴み、突進を強引に止めやがった。そら観客も沸くよこんなの見せられたら。「豪腕」の二つ名が示す通りのパフォーマンスだ。
 だがこれで試合が終わったわけではない。ミノタウロスは角をつかまれながらも抵抗し、斧を振り回す。それを察したカサンドラはすぐに角を放し後方へと一度飛び退き、今度はカサンドラが突進し身体ごとミノタウロスにぶつかる。たまらずミノタウロスは転倒し、そこへカサンドラが素早く馬乗りになる。
 見上げるミノタウロスを上からカサンドラが睨みつけ……彼女はそのまま、すんなりとゆっくりと、ミノタウロスの上から降りた。そしてミノタウロスは起ち上がり……そのまま立ちすくんでいる。何事かと観客達が騒ぎ始めているが……それでもミノタウロスは突っ立ったまま。そこにカサンドラが軽く手を挙げ、その手を振り下ろすと……ミノタウロスが膝を突き、カサンドラの前で頭を垂れた。試合はこれで終わった。誰が見ても、ミノタウロスが降伏したのは明らかだが……これで観客達が納得できるはずがない。先ほどとは打って変わってブーイングの嵐が巻き起こった。
『レイリー、メルのついでにコイツをペットにして良いか?』
 一方的にカサンドラから連絡が届いた。こっちから返答できないってのにな。まったく……カサンドラの奴、チャームを使ってミノタウロスを魅了したようだ。こんな大勢の観客がいる前でそんなことを平気でやりやがって……まあ観客の誰もがカサンドラにそんな芸当が出来るなんと思いもしていないだろうがな。吸血鬼だろうが淫魔だろうが、こんな日の当たる闘技場で活動できると思ってもいないだろうし……まあ理解できなくても試合がつまらなくなったのは同じ事で、まだブーイングが続いているが。
 こうなることはカサンドラも承知していただろう。それでもこの手を使ったのは、おそらく体力の温存か。優位に立っていたとはいえミノタウロスの生命力は半端な物ではない。しかも最後まで力強く抵抗を続けるだろうし、しっかり止めを刺そうとするならそれなりに体力を使うはずだ。カサンドラは僅かでも体力の消耗を抑えたかったのだろう。これが生き延びるための知恵か……自分の命が掛かっているなら観客にまで構っていられないよな。
 にしてもペットって……メルというのはカサンドラに毒を盛ろうとした給仕の名前だったか。その女性を買い上げるついでにあのミノタウロスもって? まあ……使えそうではあるが。たぶんもう俺の意見聞かずにセイラ当たりが裏に回ってさっきのミノタウロスに再度チャームを使って骨抜きにでもしてそうだな……夜の「おやつ」にするにしても最適だろし。まあ好きにさせるか。
 ブーイングが続く中で、再び格子戸が重々しい音を響かせせり上がる。そして次に出て来たのは……緑色の巨人だった。
 また厄介なのが……トロルだよ。猫背で歩くがそれでも背は高く、体格の良いカサンドラですら小さく見える。その大きな体型も厄介だが、もっと厄介なのが再生能力だ。腕を切り落としたって斬り口にすぐ付ければ元に戻るし、ほっといてもしばらくすると生えてくるような、強力な再生能力を持っている。だが炎か酸で攻撃すれば再生能力が働かなくなるんだが……そんなもの、闘技場の中にはない。今のカサンドラに残された方法は、首を切り落とすことだけだ。先ほどのミノタウロスのように魅了する手もあるが……トロル相手は厳しいな。
 観客は強敵の登場にまた沸き返っている。単純に騒げて気軽だねこいつらは……まあそうやって騒ぐために来ているんだが。
 開始の銅鑼が鳴る。トロルは手にした巨大な棍棒を振り回しながらカサンドラに襲いかかってきた。それを斧で弾きながら防戦している。先の戦いで体力温存したが、ここでその体力もすぐに使ってしまいそうだな……いや、これも温存策のようだ。再生能力のある相手だけに下手な攻撃に出ず、大きな一撃を狙っているのだろう。何度も振り下ろされる棍棒をどうにか防ぎきりながら、カサンドラは狙いを定めていた。
 防ぐばかりのカサンドラに、観客から野次が飛ぶ。あるいはトロルに殺せ殺せと声援を送る者もいた。伝説になっても観客は厳しいね。こんな声の中で戦い続けるのは……確かにうんざりするよな。だがカサンドラはこんな野次になれているのか、狙う一撃に集中している。そして……その時が来た!
 倒れる巨体。転がる首。一瞬の出来事に場内は静まったが、すぐに歓声の声で埋め尽くされる。ふぅ……闘うカサンドラは大変だろうが、見ている方も疲れるぞ。
 さて次でモンスター相手は終わりだが……二番手でトロルって事は、次はもっと強敵なのだろう。何が出てくるのか……大きな格子戸が開き奥から出て来たのは……
「マジか……」
 思わず声が出てしまった。まさかこんなところで……ファイアー・ジャイアントだと!?
 背丈はカサンドラの倍はある巨人。人間と言うよりはドワーフを巨大にしたような体型で、肌と髪は真っ赤だ。最も弱いとされるヒル・ジャイアントですら闘技場で目にするのは珍しく、また人間が一人で対峙するにはかなり困難。出てくるなら普通は一対多数で行うのが常識だ。それをヒル・ジャイアントより遥に強いファイアー・ジャイアントをカサンドラ一人で相手にしろって? そもそも、なんでこんな巨人が闘技場なんかに……。
 そうか……あの悪魔か。破滅を好むあのグラブレズゥ……ゲルガーが呼び寄せたのか。だとすれば納得出来るところもあるが、もしそうだとすると、この闘技場はゲルガーとミネルバの手に堕ちているということか?……いや、それも早計か……なんにしても、おそらくコレがローエ教団とミネルバが交わした密約であり、ベイリンチ卿が強気な理由だろう。
 あまりの強敵に、会場は歓喜どころではなく悲鳴が上がっている。中には逃げ出そうとする者も多い。そうだろうな……とてもではないが、こんなのに出てこられたら安心してなんか見ていられない。それを察してか、運営側から拡張された声でアナウンスがされている。
「大丈夫です、こちらの巨人が皆様に危害を加えることはありません。繰り返します。こちらの巨人が皆様に危害を加えることはありません」
 そうは言っても、信用できないよな……こちらの来賓客席からも何人か逃げ出した者がいる。その際ベイリンチ卿に罵声を浴びせていく者もいるが、卿はただニタニタと笑いながら会場を見下ろしていた。この男……闘技場がどうなろうとカサンドラを手に入れたいのか? いや、コイツが欲しいのは怯える観客の悲鳴か? なんにしてもイカレてるぜ。
 混乱が続く中、それでも銅鑼は鳴り響いた。巨人は巨大なグレートソードをカサンドラ目掛け振り下ろす。それを上手く飛び退き難無くかわすカサンドラ。これもまた防戦一方になりそうだな。ただ今度ばかりは一撃で決着は付かないだろう。それどころか、カサンドラが一撃を受ければ致命傷になりかねない。露出度の高さを誇るビキニアーマーとチェインシャツは特製で見た目以上のかなり高い防御能力があるんだが、それでも巨人の一撃は相当に効くだろう。
 カサンドラは巨人の猛攻をかいくぐりながら、無理せず足を集中的に攻めている。それも膝裏やアキレス腱を。どうにか足を止める作戦のようだな。相手が大きいだけにむしろ狙いやすいが、効果が出るまでに時間が掛かりそうだ。それでもカサンドラは攻撃を積み重ねていく。幾たびも巨人の剣先が彼女の身体に触れダメージを負ったのを俺はヒヤヒヤしながら見ているが、カサンドラは……笑ってやがる。まったく、戦好きにも困ったモンだが……少し俺も落ち着けた。それだけ手応えがあるということなのだろう。
 もし……カサンドラがまだ生身の人間だったらどうだったのだろうな? ふとそんな事が思い浮かんだ。俺の眷属になり飛躍的に身体能力が上がった彼女だからあの巨人とも戦えるが、昔の彼女だったらどうだっただろう? 身体能力だけではなく、最高級と言って差し支えない師匠作の武器と防具を持っていなかったら……少なくともあんな笑みを浮かべる余裕はなかったはずだ。能力と武器を手に入れたカサンドラは幸運だったが、それを計算に入れていなかったベイリンチ卿は彼女とは正反対にみるみる青ざめている。勝てると思っていた試合なのに負けが濃厚になっていくんだから無理もない……そう、誰の目にも、カサンドラが優勢になっていくのが見えてきた。
 明らかに巨人の動きが鈍い。足を踏み出せないままその場で剣を振り下ろす事が多くなっている。足のダメージがかなり蓄積しているのだろう。そしてついに、巨人は膝を突いた。いつの間にか戻ってきた観客もこれには喝采を送る。それでも巨人は剣を横に振り抵抗するが、自分の後ろに回り込まれてはその巨体が逆に徒となる。背中に向け大きく飛びつきその背に乗るカサンドラ。そして背に回される腕よりも早く、カサンドラの大斧が下にある首に向け振り子のように振り下ろされる。
 これまでにない歓声歓喜が会場を覆い尽くした。血しぶきを浴びながら真っ赤に染まった愛斧を高々と上げ勝利を宣言するカサンドラ。よくもまぁあのファイアー・ジャイアント相手に一人で勝てたな……
『やばいなレイリー……』
 歓喜の渦に包まれている当の本人からいきなり声が届く。なんだ? やはり何かトラブルが起きたのか?
『興奮しすぎて……今すぐにでも抱かれたい気分だ』
 カサンドラは遠くからこちらを見ながらとんでもない事を言ってきた。まったくアイツは……まあ正直、俺も今すぐ抱いてやりたいんだがね。
「お集まりの皆様、これより各ブロックを勝ち抜いたブラスト・クロー、セリーナと豪腕、カサンドラによる決勝戦を行います。本来なら会場整備を行いたいところですが、この興奮冷め止まぬうちに皆様の臨む試合をお見せしたいと、このまま決勝を行う事が決まりました」
 なにが冷め止まぬうちにだよ……ようするにカサンドラを休ませたくないだけだ。大きく横たわる巨人の死体はちょいとした障害物として放置ってわけかい。アナウンスを聞いたカサンドラはすぐにしたいから飛び降り、対戦相手を待ちかまえた。
「それでは、我らが闘姫、ブラスト・クローセリーナの入場!」
 観客の声援を受けながら、笑顔で手を振り洗われた半獣。可愛い顔を邪悪に歪めたその笑顔は無意味に人を苛つかせる……少なくとも敵側である俺達はそう感じる。
 なにやら試合前にセリーナはまたカサンドラを挑発しているようだが、ここからでは聞こえない。カサンドラは全く動じた様子を見せていないから心配はしていないが、あのモンクの実力は気になるな。先ほどまでの試合では実力を発揮するまでもなかったようだったからまだ未知数なんだが……満身創痍とまでは言わないにしても疲れている今のカサンドラが対抗できるかどうか。
 思案している中で、四度目の銅鑼が鳴った。速攻、いきなり半獣が間を詰めてきた。なんて素早さだ……カサンドラも反応するのがやっとだったか、まともに一撃食らったぞ。その一撃を皮切りに次々と攻撃を繰り出す半獣に対し、また防戦一方となるカサンドラ。だが最初の一撃以外はどうにか防いでいるようだが……ジリジリと後退させられている。このまま壁際に追い込まれるか? いやその前に……追い込んでいるのは壁際じゃない。カサンドラの背後には巨人の死体。その下には大量の血だまり。果たして……カサンドラは地に足を滑らせてしまった! これは……思わず俺は、笑みをこぼしてしまう。
 転んだ隙を突き、半獣が拳に付いた爪を突き刺そうとまだ横になっているカサンドラ目掛け振り下ろす。だが爪先は「妙に乾いた」地面に突き刺さる。カサンドラは素早く身体を転がし爪の一撃を避けていた。
 多くの者は気付けないだろうな……血だまりが僅かだが少なくなっている事に。相手のモンクは血だまりを利用して足下をおろそかにしようとしたのだろうが、カサンドラは俺の眷属、つまり半分は吸血鬼……巨人の血を肌に染みこませ吸収し体力を回復させる事が出来るんだよ。まあもちろん口から血を飲むより効率はかなり悪く、血だまりをカラカラにするほど吸収は出来ないが、それでも幾分か回復できるだけ良い。先ほど相手にしたトロルの再生能力も厄介だが、吸血鬼の再生能力だって厄介なんだよ。相手にとってはな。
 血だまりから起ち上がったカサンドラは直ぐさま反撃。今度は半獣がそれを防ぐ形になるが、すぐに飛び退き距離を置く。出だしの勢いを殺された半獣に対し回復したカサンドラには余裕が見えてきた。
 しかし攻防は予想以上に長く繰り返されている。とにかく敵のスピードが速く、カサンドラがなかなか攻撃を当てられない。手数の多い半獣もカサンドラの大斧に阻まれきれいに決まらない。時折カサンドラの身体に届く攻撃もあるが、見た目以上の防御力を誇る鎧に阻まれている。それでも見た目の派手さもあり観客は満足そうで、彼らのブラスト・クローが優位に見えているだろう。しかし実際はその逆。徐々に動きが鈍くなっているセリーナに対してカサンドラは血だまりで転ぶのを装いながら体力を僅かずつ回復させている。カサンドラを休ませないために死体を片付けなかったのがむしろ好都合になっている。むろん片付けていたとしてもその間セイラが体力を回復させただろうから……つまりは、始まる前から勝敗は見えていたってことか。
 歓喜と悲鳴の声が瞬時に上がった。とうとうカサンドラがセリーナを捕らえたのだ。苦しそうに前屈みになる半獣。それでもどうにか追撃を免れ飛び退く。それを逃さずすぐに詰め寄るカサンドラは二つ名にされている左の豪腕を振るい、再び半獣をくの字に曲げる。とうとう膝を着いたセリーナにまるでボールのように容赦なく蹴りを入れる。そして仰向けになって横たわる半獣をすかさず踏みつけ、両手でしっかり握った大斧を顔目掛け振り下ろし……すんでの所でピタリと止めた。
 勝負はあった。長い攻防からの逆転劇……に見えただろう観客達は、枯れる事を知らないのか歓声と喝采を勝者に送っている。
 ふぅ……4連戦を勝ち抜けたか。さぁて、ベイリンチ卿はどんな顔をしているのか……ふと主賓席に目をやると……卿の姿はそこになかった。
「逃げたのか?」
 思わず声に出してしまった。辺りを見回すが、卿の姿は見つからない。
「レイリー様、あちらです」
 小声でエリスが俺に話しかけながら指を差す。その方向……闘技場のアナウンスを行う拡声器がある部屋に、卿の姿があった。奴め、まだ何かしようというのか?
「お集まりの皆様、本日の武闘大会を主催しておりますベイリンチめにございます。まずは勇者カサンドラの優勝に今一度拍手をお願いします」
 再び沸き起こる喝采の中で、俺は遠くからでも判るにやけた顔を睨みつけている。これ以上なにをするつもりだ……卿はカサンドラに世辞の言葉を並べた上で、とんでもない事を言い始める。
「実は、勇者カサンドラが大会に参加すると聞きつけ、是非手合わせしたいと私の古い友人が駆けつけてくれました」
 古い友人だと? なんにしてもまだ闘わせる気か……くそ、この状況では文句の一つも言えないか。
「そこで是非、勇者と私の友人との試合を急遽お見せしたいのですが、いかがでしょうかお客様!」
 いかがもなにもないだろ……だが当然、観客はこのサプライズを喜んでいる。ふざけやがって……ここまで好き勝手にされてたまるか。
「それではご紹介いたします。私の友人であり……皆様には「イーリスの四聖将」として名高いでしょう。「慈悲深き老将」ラウルスです!」
 なっ!? イーリスの四聖将だと? 確かミネルバと同じイーリスのパラディンで……戦死したと聞いていたが……
 また格子戸が音を立て開く。ゆっくりと現れたのは、真っ白な鎧に包まれ、真っ白な髭を蓄えた老騎士の姿。カサンドラの驚く顔を見る限り……本物なのか? だがコイツは……カサンドラを見つめ笑うその老人の顔は、この俺が身震いするほど邪悪に満ちていた。

 当然だが、エリスは直ぐさまベイリンチ卿の暴走を止めに入った。そうしなければこのまますぐに試合を続けようという雰囲気すらあったのだから当然だ。おそらく卿はそのつもりだったようだが、意外にも卿の暴走を止めたのは乱入当人であるラウルスだった。
 ラウルスは拡声器を借り、まずカサンドラの健闘を称えた。そしてかつて二人がイーリスの軍人だった事などを紹介し、さも懐かしがるように語り始めた。後から聞いた話だが、カサンドラはラウルスとそれほど親交があったわけではないらしい。だがカサンドラは流石にラウルスの顔は知っていて、間違いなく本人だと確信もしていたが。
 一通りカサンドラを褒めちぎったラウルスは、改めてカサンドラとの試合を申し込んだ。だが満身創痍のカサンドラを相手にするのは忍びなく、是非翌日に改めて……と申し出がされた。興奮しきっている観客を前にカサンドラは申し出を断る事が出来ず、結局明日また試合を組まされてしまった。
 その代わり……エリスはベイリンチ卿に詰め寄り、更なる報酬を約束させた。その結果ベイリンチ卿は土地と屋敷を担保に出し、そしてこれまでと同じくカサンドラを要求してきた。勝手に試合を組んでおいてまだ要求を続けるのは虫の良い話だが、これはあくまで「賭け」であり賞品ではないのだからと難癖を付けてきた。エリスは大会で賭けられた奴隷戦士と闘技場の権利を直ぐさま譲渡する事を条件に、これを承諾した。
「まずはこちらの戦力を確実にした方が得策だと思いましたので」
 ベイリンチ卿はセリーナの他にも奴隷戦士を何人か所有していた。それら奴隷戦士を有事の際に戦力として活用できる準備を進めた方が良いと判断したらしい。それはもっともな意見だ。闘技場の権利も手に入ったため俺達も闘技場の出入りが自由になったし、今夜中に奴隷戦士達を完全に魅了してしまった方が良いな。
 基本的に、俺の眷属達は俺のように相手を眷属にする力はない。元々俺の力だって微弱で、師匠によって受けた制約の力を用いて悪限定で力を高めているに過ぎない。だが眷属達の吸血や吸精にも相手を魅了する力はある。普段は最後まで吸い尽くしてしまうからその力を活用する機会はなかったのだが、ギリギリまで吸う事で魅了の拘束力を強める事が出来る。これを用いて洗脳まがいなことをしてこちらの命令に従うようにするのだ。
「そうだな……アリスとリーネ、それからエリスとフィーネも、これから闘技場に戻って奴隷戦士達を下僕にしてきてもらおうか。命がけで恋する女性を守る屈強の戦士達を生み出してきてくれ」
 何かの時に戦闘力のない四人が狙われるのが一番怖い。この機会にボディガードを付けるのは悪くないだろう。
「ついでにベイリンチ卿所有ではない奴隷戦士に手を出しても構わないが、その下地はもう済んでいるんだろう?」
 カサンドラの試合が始まる前までにアリスとリーネにやらせていた事だ。二人とも俺の問いかけに頷いている。
「ならあまり深く魅了はしなくて良いな……」
「そうなの?」
「だったら……アハハ」
「……やりすぎたなお前ら」
 まったく……まあそれはどうにでもなる事だから構わないが。
 軽く息を吐きながら、俺は椅子にもたれ掛かる。この椅子に元々座っていた女性は俺の傍らに控えていた。
 ここは俺達の新しい拠点となった盗賊ギルド。その奥にあるボスの部屋だ。
 本来なら今頃はベイリンチ卿が開いているパーティに出ているはずなんだが、エリスが「信用できない」と三行半突きつけて俺達は屋敷を出て来た。元々パーティ自体はこの街に来る口実であり、他に活用すべき事は情報収集くらいだったから出て来て問題はない。むしろミネルバの息が掛かった卿の屋敷ではゆっくり出来ないし。
 そしてパーティーで集められない情報は、既に優秀な俺の眷属とその部下達がかき集めてくれていた。
「エマ、ざっと報告してくれ」
「はい。ではご報告いたします」
 盗賊ギルドの頭が俺に一礼し、現状を報告し始めた。
 まず洗脳されたエマによってミネルバの手に堕ちてしまった盗賊ギルドは、俺の眷属となったエマ本人とシーラやティティ、そしてエマが直接指示を出せる信頼あるギルドメンバーの活躍によって「裏切り者」をほぼ全て排除できたとのこと。ただ洗脳され裏切り者になったメンバー全員を排除する事は出来なかったらしく……ギルドが俺の手に渡った事はミネルバに知られただろうとエマは言う。まあ組織として回復できただけ良しとしないとな……むしろ知られたのだからと開き直って大きく行動できる事もあるだろう。
 逃した裏切り者については、今現在ミネルバやその配下が何処に潜み何を企んでいるのかを探るために泳がせていたらしいのだが、見失ってしまったとの事。その為ミネルバに関する情報はあまり集められなかったらしい。
「ご期待に応えられず、申し訳ありません」
「なに、短時間でギルドを立て直せただけ凄いよ。よくやってくれた、エマ」
 労いの言葉に頬を緩ませるエマ。うむ、やはり可愛いなコイツ。
「今現在も部下を使い探らせていますので、何か判りましたらすぐに報告いたします」
「頼むよ。ところで……あのラウルスに関して何か情報はあるか?」
 突然現れたイーリスの四聖将の一人。ミネルバもその一人だったのだから間違いなく彼女と関係しているのだろうが……死んだはずの老将が何故?
「いえ……ラウルスに関する情報も早速調べさせていますが、少なくとも過去の戦で戦死したのは間違いないはずです。目撃者も多く、しっかりと弔われていますので」
 だよな……俺は五年前の戦争について詳しくないからなんとも言い難いが、ラウルスが会場に姿を見せたあの時、会場の反応が微妙だったものな。最初は静まりかえり、そして徐々に「本物だ」と囁かれ始め、ゆっくりと大喝采に繋がっていく感じ……戦死したという話自体は一般的だったようだな。
「カサンドラ、アイツは本物で間違いないのか?」
「あんな不気味に笑う奴じゃなかったと思うけどね……私が知る限り、見た目は本物と瓜二つだよ」
 見た目は……か。見た目だけ似た偽物って可能性も拭いきれないよな。
「アヤ、お前は何か感じなかったか?」
「少なくともチェンジリング(変身能力のある種族)ではなさそうでした。ですが……エマと同じような「魂のぶれ」を感じました」
「つまり、アイツも疑似インスパイアドだと?」
 それだと納得できる事がいくつかある。あの邪悪な雰囲気とベイリンチ卿なんかに友人扱いされている事には。だが……死んだ人間をインスパイアドにする事が出来るのか?
「僅かに死臭もしました。もしかしたら、奴はアンデッドかも知れません」
「ああ、それは私も匂った。そうかアンデッドな……でもそれにしちゃ顔が整ってたぞ?」
 アヤの意見に半ば同意したカサンドラだったが、疑問も残る。確かにアンデッドというには生々しい顔だったよな。全身は鎧に包まれていたから判らないが、露出していた顔は少なくとも生きた人間のものだった。
「もしかしたら……アンデッドに対して私のように疑似クォーリを移植したのでは? もしそうなら私と同じよう異能力で見た目を誤魔化せます」
「それだ! それなら納得できるぜ」
 初対面のエマに対しカサンドラがまるで旧知の仲のよう接し同意した。ふむ……それが真相となると、かなり厄介な事になるな
「カサンドラ……勝てそうか?」
 今の話が本当なら、相手はかなりの強敵だ。下手をすると生前よりも強くなっている可能性が高い。四聖将と呼ばれていた男を相手に、カサンドラがどこまで戦えるのか……。
「勝てるさ。言ったろ? レイリーが見ていてくれたら無敵だって」
 ……少し無理をしているな。俺達を安心させようとしているのが判ってしまう。しかし言葉に偽りを感じるわけでもない。彼女は本気で、俺がいれば勝てると思ってくれているようだ。
「……セイラ、引き続きカサンドラのサポート頼むぞ」
「はい、心得ております」
 おそらくベイリンチ卿が用意している戦士はラウルスで最後だろう。その後でミネルバがどう動くのか気になるが……今はやれる事をやるしかないな。
 そう、「やれる」事をしないとね。
「カサンドラ、本当ならじっくり抱いてやりたいところなんだが……」
「ああいいよ。私はメルとあのミノタウロスをじっくり調教してるからさ」
 メルはまだしもミノタウロスを調教って……吸い尽くすよりも大変つうか、普通やらないよな……
「面白そうですわね。私も参加してよろしいかしら?」
「私も混ざろうかな。骨抜きにされるミノタウロスってなんか凄そうね」
 セイラとシーラが興味を示している。まあ確かに凄い事になりそうで俺もちょっと見てみたいが……俺は過程ではなく結果を見て楽しむかな。
「ああ、来なよ二人とも。調教しがいありそうだろ?」
 いやらしく笑うカサンドラは楽しそうだな。
「それじゃ闘技場に戻ろうか……なあ、明日は絶対勝つから、夜には腰が抜けるまで抱いてくれよ? ご主人様」
「お前の腰が抜けるって? 7日続けたって難しい注文だな」
 酷いな、と笑いながら唇を俺と重ねる。
「……今はこれだけで充分。何時だって……レイリーは私を見てくれるから」
 今度は頬に唇を当て、カサンドラは自分の調教に参加するセイラ達や奴隷戦士を下僕にするエリス達を引き連れ部屋を出て行った。
 強がりやがって……だが助かるよ。埋め合わせは明日たっぷりしてやるからなカサンドラ。さぁてと、俺も調教……新しく眷属を増やす事にするかな

 敗北の将は座して死を待つ……というのを美徳にする国もあると聞くが、こちらの敗者は座してこそいたがふて腐れていた。
「どうするつもりよ、こんな所に連れてきて……それにこんな格好でさ」
 敗者となったセリーナを、俺は盗賊ギルドに連れてきていた。カサンドラ達と同じく闘技場でやっても良かったんだが、エマからの報告を聞きたかったのと、エマの「技」を見ておきたかったのでわざわざ連れてきた。
 これから行うのは、もちろんこのセリーナを俺様の眷属にする事だ。その為セリーナは裸に首輪のみという格好で待機させていた。この首輪は奴隷戦士が逃げ出さないために行動規制をかける魔具。通常は闘技場より外に出られないよう施されているのだが、セリーナの首輪は対となる魔具から所定の範囲出られなくなる物。その範囲は自由に調整を付けられ、今は対となる魔具を持つ俺を中心に半径30m程度にしてある。まあこの魔具はしばらくしたらセリーナには必要のない物になるんだがな。
「判るだろう? お前だってベイリンチ相手にケツ振ってたんだろうし」
 否定はせず、半獣は猫のような目で俺を睨むだけ。まあ同じローエ信者とはいえ主と奴隷だし、なによりセリーナは性奴隷といわれてもおかしくないほど美しいからな。猫特有の美しさと愛らしさを兼ね備えた美獣を、あのスケベが放って置くはずがないだろ。
「私の所有権はエリスにあるんだろう? お前のような護衛が私に触れて良いと思っているのか?」
「なんだ知らなかったのか? エリスの主は俺なんだぞ?」
「はぁ? アホか。お前のような軟弱な男がどうして美麗毒婦を手込めに出来るんだよ」
 コイツ、本当に知らなかったのか? てっきり俺達の事はベイリンチから聞かされていたと思ったんだが……まさかベイリンチも知らないって事はないよな?
「まあいい。いずれ判る事だ……エマ、早速お前のテクニックを見せくれ」
「かしこまりました、ご主人様」
 エマは俺に一礼しスルリと服を手早く脱ぎ始める。そしてゆっくりとセリーナに近づき、そっと胸に手を当てた。
「ちょ、アンタがやんの?」
「フフ、女同士は初めて? 怖がらなくても良いわよ……気持ち良くしてあげるから」
 すみれ色の瞳を淫らに潤ませながらエマは優しく胸を揉み始め、そして尖った耳に息を吹きかけるよう優しく語りかける。
 エマは盗賊ギルドのマスターだが、同時に娼婦部門の取り締まりもしている現役娼婦だ。彼女の淫技は一級品で、その技で次々と男を魅了し、ただの娼婦から現在の地位にまで登り詰めたほどだ。むろん頭が切れる事や統率力にも長けている事など、ただ床上手だっただけで昇格していったわけではないが。
「や、ちょ、やめ……ん、ん!」
「チュ……ん、チュク……チュ……フフ、キスだけで興奮してるのかしら?」
「キ、キスだけじゃないだろ……む、胸も、ちょ、んっ!」
「ちょっと小振りだけど、感度良いのね。鍛えているからかしら?」
「そん、ち、先、そんなに、ちく、んっ! ひゃ、やめて、そんなに撫で回さないっ! ん、あ、チュ、チュク……」
 左手で撫で回すように胸を攻めながら、右手は長い毛をブラッシングするように指を通している。時折頬にキスしたり唇を重ね舌を入れたりと、めまぐるしく全身を愛撫している。どうしても愛撫は一点に集中しがちだし、集中するからこそお互いに気持ち良くなったりするものだが……凄いなエマは。あえて小刻みに愛撫を散らす事でその都度愛撫の鮮度を維持している。急に触れられたときの、こそばゆい感じ。それをエマは全身に継続させ相手の性感を急速に高めているようだ。
「娼婦の中にはシフターもいるのか?」
「ええもちろん。当然お客様の中にも。ですからシフターの性感も心得ております」
「せ、性感とか、そんなの、わた、んぁあ!」
 なるほどな。あの体毛をブラッシングするような指使いはシフター相手特有の愛撫なのか。爪を立てるように地肌を軽く擦りながら、ゆっくりと撫でている。その度にセリーナは声を上げていた。もちろん毛の無い胸や腹へのボディタッチも欠かさず、もう乳首はコリコリに固く尖っていた。
 本当ならもっとじっくり見ているつもりだったんだが……いかん、俺が我慢できない。
「ティティ……オナニーしてないでこっちへ来い」
「はーい。エヘへ、ご主人様も我慢できないんだねやっぱり」
 指示を待たず、ティティは手早く俺のズボンを下ろし固く天にそそり起つ肉棒を露わにした。
「もうこんなに……ねえ、舐めて良い?」
 小さな手で肉棒を擦りながらティティが尋ねてくる。
「今日は我慢してくれ。代わりにケツの穴舐めさせてやるから」
「チェー。でもいいや、ご主人様のおっしり、おっしり」
 素早く俺の後ろに回り込み早速舐めようとしたが、俺は手でそれを止めさせる。不服そうに頬を膨らませるティティを尻目に、俺は肌を合わせる二人に近づいた。
「セリーナ、欲しいか?」
「だれ、誰が、そんなお粗末な、物……んっ! ハァ、ハァ……ん、ふぁ、んん!」
 言葉で拒絶はしているが、セリーナの視線は俺の物から離れない。いくらエマの性感マッサージが気持ち良いからといっても、こう簡単に欲情を高ぶらせているところを見ると……ベイリンチに鍛えられてるな? だからセリーナは俺の肉棒がもたらす快楽を安易に想像でき、高ぶる気持ちから目をそらせられないでいる。
 俺はマテの状態になっていたティティを再び呼びつけ、ケツを舐めさせながらセリーナの前で肉棒をしごかせた。当然その間もエマの愛撫は続いている。
「どうやら下の口は欲しい欲しいと涎を垂らしているようだが?」
「や、い、言うな、別に、欲しくなんて……な、いぃ! ん、ふあ、ダメ、反則だこん、なぁ!」
 荒い息を吐きながら、セリーナはまだ触れられていない股間をじっとりと濡らしていた。
「いいぞ、好きなときに舐めろ。もちろん下に入れてやっても良いぞ? 待っててやるから欲しくなったら言え」
「だから、別に欲しくなん、て、んぁあ! な、ないから……ん!」
「まあ愛撫だけで軽く一回逝っとくか? エマ、遠慮せずやっちまえ」
「はい……ほらセリーナ? 我慢しないで逝って良いのよ?」
「我慢なんて、し、してない、してないから、この、この程度で、わた、わたしぃ! ひあ、ん、ああ、ハァ、ハァ、も、い、イヤぁ!」
「確かに……我慢してないよな。凄い乱れようだな」
「ええ。この娘素質ありますわよ?」
「そしつ、とか、ふ、ふざけたこと……ん、や、む、むね、ひぁ! ハァ、ん! の、のどダメ、そこ、よわ、よわ、ひぃ! ふあ、ん、だ、ダメ、ゆる、ゆるし、て、い、かっ、ん、あ、あぁああ!」
 全く触れていない股間から、まるで漏らしたかのように潮を吹くセリーナ。凄いな……セリーナが淫乱だとしても愛撫だけでここまで……淫魔になり技に磨きが掛かっただろうがそれにしたってなぁ……恐るべし、エマ。眷属にしてからまだ彼女とゆっくり夜を楽しんでいないが……楽しみになってきたな。
「逝っちゃったわね、セリーナ」
「いっ、いって、いってない、これ、おもらしした、だけ……」
「なんだその強がり方は」
 強情にもほどがあるな。なんだか笑えるが……可愛いな。
「ちょ、やめ、ん、ま、また、ん!」
「逝っていないのなら続けますよ? 大丈夫ですよね? 逝っていないなら身体が敏感になっている事もないですし」
「そ、や、やめ、ん!」
 ああもしかして、ローエ信者だから虐められるのを楽しんでるのか? それはあり得るな……それならトコトン虐めてやるのも良いか
「アヤ、待たせたな。ティティと替わってくれ。ティティは前に来い。入れてやるぞ」
「御意」
「やったぁ! ね、はやくはやくぅ!」
 俺はエマにセリーナを寝かせるよう指示し、俺はセリーナの顔の上でティティと結合しそれを見せつける。もちろんエマの愛撫は続いており、アヤも丁寧にケツの穴を舐めている。
「や、い、ん! ご主人様、すごい、ステキ、ステキぃ! ん、や、ふぁ、ん、あぁ!」
 立ったまま小柄なティティを抱え突きまくる。カサンドラが得意で好きな駅弁ファックだ。ずっと我慢していたティティは既に膣内が洪水状態で、突く度にグチャグチャといやらしい音を立てている。そしてあふれ出たティティの愛液はセリーナの顔にポタポタと垂れかかる。
「や、なに、やめてこんな……汚いでしょ、ね、ん! ど、どいて、どいてよ、ね、んぁあ!」
「そんな事言いながら、ずっと見ているのですね?」
「だ、だって、こんな、す、すごい……や、ん! こん、こんなの、みせ、みせないで、ね、ふぁ、ん、あぁ!」
「見ているのはあなたでしょう? いやらしいのね……生まれながらにして雌猫ですから当然かしら? 本当は欲しくてたまらないのにね」
「そんな、いいかたしないで……わた、わたしは、いんらんじゃな、い! ちが、ちがうから……ハァ、ん、や、また、またいっ、ん!」
「また? また逝くのですか? でもまだ逝ってないのですよね?」
「そ、そうよ、ま、まだ、まだ、いって、いってないから、いって、いってなんか、な、いからぁああ!」
 エマもセリーナの性癖を理解したのか、終始耳元で言葉責めを繰り返している。言葉を投げかけられる度に尖った耳はピクピクと震え、息もどんどん荒くなっている。どこまで我慢できるかな……室内は既に「淫魔香」が充満している。発情した淫魔の膣や愛液から放たれる、媚薬効果の高い香り。これを間近で嗅いでいるセリーナはそう長く我慢出来ないだろう。
「ご主人様ぁ、ティティ、もう、もう、逝く、い、いいですかぁ?」
「ああ、いいぞティティ……中に出してやる」
「ホント、やった、ん、ね、なか、なか、ドピュって、ドピュって、いっぱい、いっぱい、い、ん! あ、ティティ、い、いく、いく、い、だして、ご、ごしゅじんさま、い、いく、いく、あぁああ!」
 ティティの小さな膣が俺をぐっと締め付ける。そんな膣を強引に肉棒が前後し、ほどなくして精子が大量に流し込まれていく。
「ふぁああ……いっぱい出てるぅ……ん、これだけでまた逝けちゃうよぉ」
「すご……ん、ふぁ! ああ、たれてる、たれてる……や、これ、ん、ふぁあ!」
 中からこぼれる白濁液がたらりとセリーナにかかる。それをエマは指ですくい、セリーナの口へ運ぶ。ごく自然に、セリーナはエマの指をピチャピチャと舐め始めた。
「美味しい?」
「ん、チュ、クチュ、チュパ、チュ……」
 聞こえていないのか無視しているのか、セリーナはエマの指を夢中になって舐めている。
「チュパ、チュ……ん、や、なに、なにこれ、ん、ふぁ、や、や、やぁああ!」
 二度目の潮吹き……いや、今度は本当に漏らしたようだ。淫魔香とエマの愛撫で高揚した身体に俺の精子を口に入れたらそれだけで逝っちまうよな。
「逝っちゃうほど美味しかった? ほらセリーナ、ご覧なさい。美味しい美味しいあなたの大好物は目の前にあるのよ?」
 セリーナの眼前にはまだ繋がったままでいる俺とティティの結合部が。
「あ、ああ……」
 呻きながら、セリーナはゆっくりと身を起こし、舌をだらしなく出しながら顔を上へと近づける。
「ああ……ん、レロ、チュ、ピチャ……チュ、ん、これ、これ……おいしい……ベロ、チュ、チュパ……」
 ザラリとした感触が玉と肉棒の付け根を刺激する。舌を這わせ唇を付け、セリーナは夢中で混ざり合った白濁液を舐めている。俺がゆっくりと肉棒を引き抜くと、混合液はコポッと音を漏らしティティの中からあふれ出た。
「ああ、これ、ん、コク、ん、チュ、チュパ、チュ……あは、あはは、おいし、おいしい……チュ、チュパ……」
 ちょっと心が壊れかけてるか? 完全に壊れてしまうと厄介だな……そろそろ本題に入るか
「セリーナ、俺のが欲しいか?」
「はひ? ん、チュ、チュパ……」
「俺の肉棒が欲しいかと聞いている。応えろセリーナ。でなければもう舐めさせてやらないぞ?」
 ティティを持ち上げ俺も少し後ろに下がり、セリーナの舌と唇から遠ざかる。
「や、も、なめ、なめさせて……」
「自分で膣を開き強請って見せろ。そういたら俺のを入れながらティティの膣を舐めさせてやるぞ」
「は、はひ、こ、こうですか……」
 先ほどまでの強がりは何処へやら。セリーナはこれまで誰も触れなかったずぶ濡れの膣に手を添え、ぐいっと大きく広げてみせる。大量に愛液があふれ出し、直ぐさま床に小さな水たまりが出来ていく。
「これで、いいですか? ね、はやくちょうだい、なめたい……ください、ね、なめさせてぇ!」
 素直になったというよりは媚薬効果で感情が暴走している感じか……まあこれ以上はもう無理だな。俺はティティを下ろして、約束通りまずは俺の肉棒を膣へと入れてやる。
「ひぐっ! あ、あふ……」
 入れただけで逝ったか。まあここまで高揚していたら当然か。
「逝ったのか?」
「はひ、ひきまひは……」
 ろれつが回って無いながらも素直に応えるセリーナ。そんな彼女にティティが寄っていく。
「はい、素直に慣れたご褒美だよ。ご主人様の精液、まだたっぷり残ってるからね」
「せ、せーえき、せーえき……ん、チュ、ピチャ、クチュ……」
 ティティの小さな膣を、まるで子猫がミルクを舐め飲むよう夢中で舐め、中に溜まった精液と愛液を吸い取っている。
「エヘ、ん、こういうのも、きもちいいね、ん、ひぅ!」
 ティティを感じさせる意図はまるで無いが、無造作に蠢く唇と舌、そして何度も行われる吸引にティティは小さな身体を震わせている。
「それじゃ下の口からも飲ませてやるかね」
「ペチャ、チュ、クチュ……ん、ひぁ! ん、あ、ふあ、い、ん、チュク、チュ、チュパ……」
 中をかき回すよう強引に腰を振り、俺はセリーナを楽しんでいる。そして彼女はティティを抱きしめながら膣を舐め、何度も来る快楽の波を受け止めながらまだ舌を動かし続けた。
 鍛えているのか種族的な特徴なのか、セリーナの膣はキュッとよく締まる。捕らえたら放さない、そんな狩猟本能が膣にまであるかのように俺の肉棒に肉壁がからまりつく。そして定期的にギュッと強く締まるが……どうやら何度も逝っているみたいだな。ここまでされると……出したばかりだがまた来るな。
「ティティ、もういい。そろそろ……」
「ひぁ! ん、ちょ、もう放して、ね、ん!」
「ピチャ、チュク、ん、クチュ、チュパ……」
 こちらの声が届いていないのか、夢中になりすぎたセリーナはもう愛液しか出てこないティティの膣を舐め続け放そうとしない。鍛えられたセリーナに抱きしめられては、ティティの小さな身体では振り解くことも出来ないか。俺は後ろからセリーナの腕を掴み引きはがしに掛かるがピクリともしない。
「ここはお任せを」
 しばらく離れていたエマがまたセリーナに近づき、そして脇の下に指を這わせそっと下へ撫でる。するとこそばゆいのかピクッとセリーナが反応し腕がほどけた。すかさずアヤがティティを抱きかかえ脱出させる。
「手間掛かるな……ほらセリーナ」
 俺はセリーナの半身を抱き起こし、また腰を動かし始める。すると今度は俺に抱きつき、ペロペロと俺の頬や首を舐め始める。ザラつく舌が妙な刺激となり、他の女達とは違う心地よさを俺に与えてくれる。
「ひ、い、いい、ふあ、ん、ベロ、チュ、ん、あ、あ、あ、ん、ふぁ! や、い、いい、ん、チュ、ベロ、んくぅ!」
「気持ちいいか? セリーナ」
「はひ、はひ! ん、あぁ、い、い、きも、きもち、ひ、ひい、ん、チュ、ベロ、ん、はわぁあ! ひあ、ん、き、きひゃ、まら、まらきひゃふ、ん、ひぁ! ん、ひ、ひく、まら、きひゃ、ん、は、は、や、ひゃやぁあああ!」
 のけぞりながらぐっと膣を絞めるセリーナ。その膣に俺は彼女の大好物をたっぷり注ぎ込む。そして口の中に体毛が絡まる感覚に多少戸惑いつつ彼女から俺の大好物を吸い取っていく。
「ひあ、あ、あふ……」
 仰け反ったままセリーナは白目を剥き、そのまま失神した。力強く抱きついていた腕もだらりとほどけ、俺はそっと床にセリーナを寝かせ肉棒を抜く。ティティと違い、セリーナは俺の精子を子宮から体内へ、全身へと吸収しているため彼女の膣から溢れるのは愛液だけだ。
「どうでしたか? セリーナは」
 妖艶で優しげな笑みを湛えながら、エマが俺に感想を求める。
「シフターも悪くないな……にしても、流石だな娼婦女王。見事なテクニックだったよ」
「お褒めいただき恐縮ですわ。フフ、次はご主人様自身が試されますか?」
 もちろんそのつもりだが、その前に確認しなければならないことがある。
 モンクとして鍛えているからなのか、セリーナはすぐに目を覚ました。そしてけだるそうに一度身体を起こし俺を見上げると、直ぐさま四つんばいになりそのまま近づいてくる。そして俺の足下まで来ると顔を下げ、ペロペロと俺の足を舐め始めた。なんだか「恒例行事」を既に心得ているような仕草だな。
「セリーナ、お前は何者だ? お前なりの言葉と態度で俺に示してみろ」
 セリーナは俺の足から舌を放し、俺をまた見上げる。そして目の前で半起ちになっている肉棒に視線を下ろし、そのまま肉棒を一舐めしてから誓い始めた。
「私はご主人様の雌猫です。身も心も全てがご主人様のものですから、これからも可愛がってください……」
「お前はローエ信者だったな?」
「はい。ですが私の中にいた女神は消え失せました。今はご主人様だけが私の心の中に……ご主人様ぁ、もういいですか? ご主人様の舐めさせてください……もう欲しくないなんて言いませんから、ご主人様のいっぱい欲しいんです……」
 先ほどまでのツンデレはどこへやら。今はアーモンド型の瞳を潤ませ懇願している。俺がそっとセリーナの頭を撫でてやると、この世の至福を独り占めしたかのような笑顔を浮かべた。
「舐めるの好きだな」
「はい、舐めるの大好きです。精液も愛液も飲むの大好きです。だから、だからご主人様……」
「判った判った。いいぞ、許可してやる」
「ありがとうございます! ん、チュ、チュパ、クチュ……」
 猫と言うよりは犬のようにじゃれるセリーナ。舐めている最中も俺はセリーナの頭をなで続けてやっている。良い笑顔だな……コイツで11人目か。ちょっと増えすぎた気もするが……こんな笑顔をされちゃ、まだまだ増やしたくなってしまうよ。
「あの、ご主人様……またお尻、舐めさせていただきたいのですが……」
「ああ悪いなアヤ。いいぞ舐めてくれ。そうだな……エマ、今度はティティを相手に技を披露してみてくれ」
「かしこまりました。ティティ、こちらへいらっしゃい」
「はーい。へへ、ギルドのボスにしてもらうって、何か変な感じだね」
 同じ眷属だが、エマとティティの間では上下関係がどうしてもあるからな。まぁ当人達はそれも含め楽しんでいるようだが。
「ごひゅひんひゃま、ん、チュ、クチュ……チュパ、チュ」
「ん、チュ、チュク、ベロ……ん、美味しい、ご主人様のお尻……ん、チュ……」
 前後を舐めさせレズを眺める至福。そんな中でふと不安が過ぎる。明日の試合……カサンドラは勝てるのか? 今頃ミノタウロスを失神させているだろう眷属の身を案じてしまう。いや、今は新たな眷属やここにいる眷属達のことを想ってやらないとな。愛しい彼女達を今宵たっぷり可愛がってやろう。明日のことは……明日悩めば良い。今はただこいつらを愛してやることだけを考えよう。
 淫魔も吸血鬼も、夜こそが活動時間。日が昇るまで俺の愛を注ぎ彼女達の愛を受け入れる。それが俺達の生き様だからな。

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