第8.2話

 帰ってきたか……金色(こんじき)の7番街。私が奴隷戦士として闘わされていた闘技場のある街。街の名が示す通り、金(かね)が全て……金に彩られた街。賭博も密売も売春も、金になるなら何でもまかり通るこの街に、私はまた戻ってきたか。
「……チッ」
 思わず舌打ちしてしまう。私はこの街で多くを学んだが、望んで学んだものはほとんど無い。幸か不幸か、私はこの街に売られる前から心の歪んだ女だったから……狂わずにいられた。かつての同胞だった聖騎士団の連中は、国と宗教が掲げる理想と街に蔓延(はびこ)る現実とのギャップに苦しみのたうち回っていたっけ。絶望し自害する奴や、理想に縛られ殺される奴、愛を必死に語りながら犯される奴……みんな、この街で消えた。この街の欲望に消された。私は、神様なんて信じなかった私だから生き残った。信じない者が救われた。これが現実。
 その教訓を生かし、私は山賊になってからも誰も信じず……慕って集まってきた部下達ですら、信じることはなかった。知略なんてガラじゃない私が、集めた財宝を分散させ保管したりアジトを複数確保するなんて「らしくない」事をしてたのは、この街で生き抜くために学んだ知恵を活用したって訳だ。信じないから注意深く慎重になれる……そういう生き方をしてきた。
 だが私にだって今は信じる者がいる。こんな私を強制的に眷属にしたレイリーと、私と同じ眷属達。眷属にされ従うことを強制されながらも、私はその絶対的で覆らない関係に安らぎを感じていた。主人を疑うという気持ちそのものを排除され、闇雲に信じることを植え付けられるのは、本来心地の良いものではないはず。だけど私は疑い続けることに疲れていて……その疲れを無理矢理とはいえ取り除かれ安堵していたから。そんな状況で肌を重ね愛を語られたら……惚れもするって。眷属としての強制力が無くなってしまった今でも、私はレイリーを愛している。人の心を取り戻させてくれた主人を。人間であることを奪われながら、私の心は人間であることを取り戻した。
 こんな私が愛して止まない主人レイリーが、新しい眷属をどうしても迎えたいと駄々をこねている。その相手が、ここ金色の7番街で罠を張りながら待ちかまえていた。愛する主人の命令は絶対。私は彼のために苦い思い出しかないこの街へと戻ってきた。
「わぁ……おっきい」
 その苦い思い出の集大成、闘技場。街で一番の建築物を見上げながら、心許せる仲間の一人リーネが感嘆の声を上げた。
「よくこんなの建てるよねぇ、人間ってさ」
 言葉とは裏腹に、淫魔のシーラが関心を寄せていた。彼女は元々この街へ魅了した山賊達を連れてくる予定だったが、街に来たのは初めてで、当然闘技場なる物を目の当たりにしたのも初めてなのだとか。彼女は召還されて来た淫魔だから、まだ人間社会には詳しくないらしい。
 その見上げるほど大きく淫魔ですら感心する闘技場で、私はまた闘うことを決めた。レイリーのためにそうすることが望ましいと思ったから、私からやらせてくれと頼んだ。よく考えれば、嫌がっている主人を無理矢理納得させるなんて従順たる眷属のすることじゃないよな。それでも私は愛する彼のために、忌々しい闘技場に戻ってきたんだ。
「ここまで来て訊く事じゃないとは思うけど……」
 はしゃぐリーネを見つめながら、傍らでセイラが呟く。
「本当によろしいの?」
「なんだよ、賛成してたんじゃないのか?」
 私の提案をレイリーが納得したのには、セイラの後押しがあったからという理由もある。だからセイラは全てを納得していたのだと思っていた。
「レイリー様の為になるのは事実ですが……カサンドラ、あなたは「闘技場に」殺されるかもしれないのですよ?」
 おそらくレイリーが渋々ながらも私の提案に頷いたのは、闘技場の内情を知らなかったからだろう。ここには「正々堂々」なんて言葉は微塵も当てはまらない。対戦相手は目の前に現れる生身の相手だけでなく、裏工作や裏取引、そして裏切り……そういったものも相手にしなければならない。そりゃ誰だって人間不信になるさ、こんなところにいれば。そんなことはレイリーだって想定内だろうが、現実は彼の想像を遙かに超えている。
 そしてセイラの心配は……そんな見えない敵が蔓延するこの闘技場の全てが、私に牙をむいていることにある。レイリー執心のミネルバが裏で手を回している可能性が大きいだけでなく、闘技場で名を馳せ勝ち抜けてきた私に色々と恨みを持つ奴は多いからね……ここには敵だらけなのさ、初めから。
「そうならない為に、色々やってくれるんだろ?」
 私はセイラに笑顔を見せてやった。なのに失礼なセイラは溜息をつきやがった。
「まったく……非情なことで知られた隻眼のカサンドラが人を信用するなんてね」
「冷血非道なメイデン・オヴ・ウィップが優しくなっちまうよりはあり得る話だろ?」
 思わず二人して噴き出してしまった。ホント、笑える話だよな。私もセイラも、眷属になる前はこんなに主人を愛し仲間を信じるようになるとは思いもしなかったのにな。
「そろそろ行きましょうか?」
 リーネと一緒に闘技場を見上げていたアリスが振り返り私達に尋ねる。
「ああ、そうだな」
 愛斧を担ぎ直し、私達は闘技場の入り口……参加受け付けまで向かった。

 事前にエリスが書簡を飛ばしていたから、手続きは代理人のアリスがサインするだけで簡単に済んだ。ただ……手続きが簡単になった代わりに、やっかいなのが絡んできやがった。
「へえ、噂は本当だったんだ」
 腕組みしながら私達を待ちかまえていた女がいた。獣独特の尖った耳を持ち、やはり獣独特の毛深く長い尻尾を持った女。シフターと呼ばれる半獣の女が腕を組みながら私を睨みつけている。
 噂……か。おそらく届けた書簡を読んだ関係者あたりから、今回の大会に私が出ることを知った者が周囲にその情報を漏らし広まったのだろう。実際、この失礼な女以外にも遠巻きに私を見ている野次馬が集まりだしている。だからとっととこの場を去りたかったが……無視できない「何か」がこの女にはあると、直感が私に告げ思わず足を止めてしまったのが失敗だった。
「あの「豪腕のカサンドラ」が戻ってきたって聞いたから一目見てやろうと思ったけど……拍子抜けね。飼い慣らされて腑抜けになってるなんて」
 あからさまに敵意ある発言に、私の眼光も鋭く、相手を睨み返す。
 ま、飼い慣らされたってのは当たってるけどさ。でも飼い慣らされるっていうのも心地好いもんだぜ……っていうのは、私が眷属だから思うこと。当たり前だが、この女は私を侮蔑し挑発するためにそんな言葉を選んだはず。それが判っているから……面白くないね。
「え、豪腕? 隻眼じゃなくて?」
 素朴な疑問をリーネがポロリと口にする。
「昔はそう呼ばれてたんだよ。隻眼になったのはここを出ていく直前からさ」
 リーネに聞こえる程度に声を絞り、疑問に答えてあげる。僅かにいらついた気持ちが言葉に出ちゃったのはリーネに悪かったかな。
「ここにいた頃はもっと殺伐としていたって聞いたけど? 伝説ってのは当てにならないねぇ。もっとも、幼女から怪しいのまで連れ回してるあたり、フタナリだって伝説の方は本当みたいだけど?」
 こいつ……なんだこのあからさまな挑発は? ま、ここじゃこんな「やんちゃ」な奴はいくらでもいたが、大抵長生きはしなかったね。こいつもそんな怖いの知らずか?
 にしても……なんだよ、フタナリの伝説ってのはよ。この闘技場を生きて出ていった奴隷戦士ってのは数えるほどしかいないから、色々噂が立つのは判るけどさ……フタナリはねーだろ、フタナリは。そりゃ中にいた頃から「どっちも」美味しく頂いてたけどさ。
「で……貧相な嬢ちゃんがたかりに来たのか? あいにく、あんたみたいな礼儀のなってないのにくれてやれる物は何も持ってないねぇ」
 止せばいいのに……と自分でも思う。だけど私は相手の挑発に思わず乗ってしまった。そういう性分なんだから仕方ないだろと自分で自分に言い訳しつつ……こりゃ面倒なことになりそうだとまた直感する。それにしてもどうだろう、あの女の顔……口元をつり上げ笑ってやがる。獲物が掛かったって顔してるぜ。
 貧相だと見下したけど、本当にそう見える訳じゃない。だが豪勢ってわけでも無く……的確に言い直すなら「質素」かな? 胸と腰にのみ布を巻いたシンプルな闘技服を着て、手にはなめし革で作られた指ぬきグローブをはめている。見るからに典型的な格闘家って感じだ。身体を覆う布は少ないが半獣である彼女は露出している部分も多くは体毛に包まれていていやらしさは感じない。むしろ獣独特のしなやかな肉付きや体毛のない腹筋の引き締まりなどは彼女を美しく見せている……けど、肉体美なら私の勝ちだね。
 ま、肉体美はさておいて……この女の格好で最も目立つのは、首輪だね。コイツが闘技場に参加する奴隷戦士である証だ。この首輪は自分で外すことの出来ない魔具で、かつては私の首にもはめられていた物だ。コイツは逃走防止用の首輪で、特定された範囲から外に出られないよう制限を掛ける物。通常は闘技場より外に出られないよう制限を掛けられるのだが、この女は闘技場の近くとはいえ外に出ている。それが許されてるって事は……それだけ規制が緩和されてるってことで、つまりそんな恩恵を受けられるそれなりの実力者ってことだ。さしずめ範囲を闘技場から多少広くされているか、あるいは行動規制の中心点が闘技場ではなく「飼い主」であったり……まあなんにしてもザコではないって事。
 なるほど、こんな下らない挑発をするなりに自信はあるって訳ね……この手の挑発ってよく受けたけど、流石に私は飽きている。何を狙って挑発しているのか……ちょっと見えないけど、なんにしても私には無意味だわ。そう思ってても乗ってしまう自分の性分に自分で呆れる。
「別に、今アンタから貰うものなんて無いね。大会でアンタをのして、伝説ごと全部アンタからはぎ取ってやるからさ」
 獣特有の鋭い犬歯を見せて笑う武道家。ったく、若いってのは罪だね……自信を持つってのは良いことだけど、慢心って奴は自分を過大評価しすぎていけないね。それがここじゃどれだけ危険な事なのかってのを、まだ理解できてないらしい。
「そ……まっ、頑張るんだね」
 ちょっと期待はずれだったかな。もうちょっと「出来る」奴と感じたんだけど……挑発に面白みがあるわけでも、私を楽しませてくれるようなパフォーマンスがあるわけでもなく、どうということもない野次で終わったか。なんだかなぁ……こんなものなのかな。私は若気の至りで息巻いてるお嬢ちゃんをあしらって、ここを立ち去ろうとした。
「待ちなよ、豪腕」
 無視無視。こーいうのに構ってると時間の無駄。最初から相手にしなけりゃよかった……と後悔していたところに、この女とんでもないことを言いやがった。
「アンタのご主人様、卑しい売春婦なんだってね」
「あん?」
 反応しちまったよ……私のご主人様と聞いて、真っ先にレイリーの顔が浮かんだ私は立ち止まって生意気な女を睨みつけてしまう。しかし男であるレイリーが売春婦な訳がない。彼女が言っているご主人様は、表向き私の雇い主となっているエリスのことか……何にしてもまた釣られた。釣ってやったって顔で笑うこの女が心底憎たらしいね。
「パトロンを探して身体を売り歩いてるって話、本当なんだろう? 今頃「うちのご主人様」に買われてさもしい股を開いてる頃かい?」
 こいつ……私を挑発するだけならともかく、エリスまでバカにするか。それも、それもだよ、集まりだした野次馬にまで聞こえるような大声でさ……何が狙いかだなんて関係ない。私は一歩、地を振るわせてやるって位に強くこの生意気な半獣に向け踏み出した。けれど二歩目は黙って私の腕を掴むセイラによって防がれてしまった。
 命拾いをしたはずの女はまだ笑っていやがる。コイツ……私の様子が可笑しいとばかりに、今度は声まで漏らして笑ってやがる。そしてあろう事か、コイツは大きな手振りで聴衆にアピールしながら声を張り、侮辱を続けやがった。
「どこぞの街を救ったなんて言われてるらしいけど、結局美麗毒婦エリスも今じゃうちの主人ベイリンチ卿の元で小銭を稼ぐ為に必死で腰振ってるのさ!」
 内容の正確さは問題じゃない。コイツがエリスを大衆に向け中傷しているというこの状況が我慢ならない。私のことなら聞き流せるが、仲間を罵られて黙ってなんかいられなかった。強く握られるセイラの手を振り解き、私は中断した二歩目を踏み出そうとした。
「お待ちなさい」
 そんな私を止めた一言。それは意外にも、私以上に腹を立てるべきお嬢さんからだった。
「カサンドラ、少し頭を冷やしなさい。こんな安い挑発に乗るほど、あなたは弱くはないでしょう?」
 アリスが今まで見たこともないような毅然とした態度で私の前に歩み出た。今まで、少なくとも彼女が眷属になってから私を呼び捨てたことは一度もなかったはずだが、彼女は人が変わったように威厳を放ちながら更に前へ歩み出る。
 黒を基調としたドレスを身にまとったお嬢様の登場に、何が始まるんだと周囲が沸き立つ。そんな様子を物ともせず、アリスはご自慢の縦ロールを軽く払い、形式的な挨拶で頭を下げた。
「初めまして。私はあなたの言葉で言う娼婦の娘、アリスです。まず私達を不当に愚弄するあなたの名前を伺ってよろしいかしら?」
 悠然としながらも、あえて罵られた娼婦のレッテルを口にし、アリスは名乗ることを求めた。
「……名乗りもせず一方的に罵倒するだけでは、あなたの言葉に重みも真実みも失せてしまいますわよ?」
 アリスが割って入ることを想定してなかったのか、一瞬戸惑った半獣。その隙を見逃さず、さも相手が名乗る気がないのかと批難するように畳み掛けるアリス。おいおい、本当にどうしちまったんだ? 今まで仲良しのリーネとじゃれ合ってる印象が強かったけど、アリスにこんな一面があったなんて……。
 あ、いや……私はこんなアリスを知っている。初めて彼女と対面したあの時……バグベアを従えて小生意気な態度でレイリーを値踏みしていた、あの時のアリスだ。そうだよな、元々アリスは貴族の娘、良家のお嬢様なんだよ。私は気を緩めっぱなしのアリスばかり見ていたが、彼女の「外面」は本来こんな感じだったハズなんだよ。美しくきらめく金髪を縦ロールにした、そんな髪型がやけに似合う小生意気なお嬢様、それがアリスなんだよな。
「……セリーナよ」
 気圧されようやく名前を口にした半獣の娘。名乗ること自体に躊躇いがあったようには見えなかったが、母親譲りの気品と毅然に満ちたアリスの態度に戸惑いを隠せていない。その隙を突き、さもセリーナと名乗ったこの半獣が自分の名を出したがらなかったかのように集まっている観衆に印象づけている。やるなぁアリス……先ほどまでとは一変し、今流れは完璧にアリスへと大きく傾いているよ。
「なるほど、「ブラスト・クロー(爆破する鉤爪)」の二つ名を持つセリーナとはあなたのことですか。カサンドラの去った闘技場でその名を上げてきたようですが、その名もカサンドラがいなければ広まることもなかったでしょうね」
 おいおい、俺を止めといてお前が挑発かよ。何か考えがあるのか? なんにしてもここは見守るしかないが……にしても、何時ブラスト・クローなんて二つ名を知った? 私は初耳だぞ。どこでそんな情報を知ったんだよ。
「小娘、何が言いた……」
「確かあなたは!」
 言い返そうとするセリナの言葉にわざと自分の言葉を強い口調でかぶせ、発言権を譲らないアリス。闘技場で名を馳せた格闘家を相手に、小娘が口論で圧倒的な優位を保っている。この光景に私だって圧倒されてるんだ。聴衆だってますます注目に決まっている。
「闘技大会の主催者として名を連ねるベイリンチ卿が、特に可愛がっている奴隷戦士でしたね。なるほど……あなたの名も、ベイリンチ卿が大枚はたいて買い取った物ですか」
「……」
 おそらくセリーナ自身も私同様この手の野次や中傷はイヤというほど聞かされているのだろう。それでも面白くないのは確かなようで、殺意のこもった眼光がアリスへと向けられている。それをまったく物ともせず、アリスの挑発は続いた。
「あなたは我が母を卑しい娼婦と揶揄(やゆ)し、ベイリンチ卿に股を開いていると申しておりましたが……もしそれが事実ならば、あなたの主人はそんな卑しい娼婦を買うような、いやらしい男と言うことなのでしょうか?」
 相手の言葉を逆手に取り、巻き込むように相手を揶揄するか……なんかすごいな、私の知っているアリスじゃないよ。まるで……そう、エリスみたいだ。
「ですが、その様な事実はないでしょう。なぜならば、我が母は娼婦などではないからです」
 もっといやらしい眷属だけどな……とは、むろん言えない事実だけど。
「お集まりの方々、母の潔白を証明する術を知らぬ、愚かな娘の戯言になりますがお聞きください!」
 既にアリスの相手は罵声を浴びせてきたセリーナから集まってきた野次馬達へ切り替わっている。なるほど、アリスの狙いはコレか。
「皆様もご存じでしょう。我が父は愚かにも善良な国民へ反旗を翻し、赤の13番街を占拠しました。私は父の暴挙に涙するばかりで、無力な自分を悲観批難し続けておりました」
 うわー、サラッととんでもないウソを……やっぱりエリスの娘だよ、アリスは。
「ですがそんな窮地に、颯爽(さっそう)と英雄が現れました。その者こそが、皆さんが愛してくれた闘技場の勇者、豪腕のカサンドラなのです!」
 もっともらしいことを言っているが、事実は半分くらいしか合ってないぞ。それをよくもまぁこれだけ平然と……。
「我が母の前で膝を突き、勇者は言いました。血涙を流しながらも暴君と化した夫に刃を向け街の者達を救う決意をした、あなたの正義に感服したと」
 言ってない、言ってない。よくもまぁ、そんな全く火のないところから煙を立てられるな。
「母はこの窮地に駆けつけた勇者の心意気に感動し、そして共に暴君を倒し街を救うと立ち上がりました。後は皆様がご存じの通りです」
 なんかむずがゆいって言うか……元々は女好きの我らがご主人様に男好きの悪徳夫人が夜這いをかけてきたのが切っ掛けなんだけどさ……。
「その勇者が、皆様の元へ戻って参りました。混沌とした魔物達巣くう戦場を斧一つで切り開き街を救ったその豪腕を、再び皆様へ披露するために!」
 周囲から歓声と拍手が湧き出した。アリスの話をどれだけ信じているかはさておき、彼女の見事な口上には誰もが感服したようだ。取り残されたセリーナを除いてな。
「さて……ブラスト・クロー。あなたが勇者カサンドラの実力に嫉妬する気持ちは判ります。ですが、あなたの二つ名をお集まりの皆様に示したいのであれば、口先ではなく「堂々と」大会で示してご覧なさい。勇者は逃げることなどせず、まして口先で語る道化ではない。誉れ高き豪腕で、その実力を皆様にお見せすることでしょう!」
 完璧だよ。私は何もしていないのに、周囲は完全に私の味方となった。歓喜歓声に包まれたこの場にいられなくなったセリーナは、まさに尻尾を巻いて逃げるように立ち去ることしかできなかった。
「……さて参りましょうか、カサンドラ」
「おっ、おう……」
 アリスを先頭に、私達は激励の言葉を聞きながら闘技場の中へと進んでいった。
 程なく歩み、中へまだ入れない観衆達が見えなくなったところで……突然、アリスがガクッと膝を曲げ倒れそうになる。
「おい、大丈夫か?」
「あっ……だっ、大丈夫です、カサンドラさん……」
 無茶しやがって……急いで後ろからアリスを支えてやったが、小刻みに身体を震わせてやがる。先ほどまでの虚勢が事切れたか。
「たいしたモンだよ。流石エリスの娘だ」
「……えへへ」
 アリスは慌てて駆け寄ったリーネの肩を借りながらも照れ笑いを浮かべている。
「でも……」
 しかしアリスは、すぐにその顔を曇らせた。
「結局、アイツの挑発に乗っちゃいましたね」
「ん? ああ、別にあんなの気にしなくても……私も熱くなってたし、助かったよ」
 アリスが気にすべき事じゃないよな。反省するなら私の方で、そんなに暗い顔をする必要なんて無いのに。あんな事、ここじゃよくある光景だからな。
「……後はお母様にお任せするしかありませんね」
「何のことだ?」
 どうやらアリスが気にしてるのは、もっと違う別の……なんだ?
「してやられた、という事ですよカサンドラ」
 まったく状況を理解していない私に、セイラが私見を述べる。
「おそらくあのシフターが狙っていたのは、派手な対立構造。あなたとあの娘、そしてエリスとベイリンチ卿の、ね」
「……それがなんだっていうんだ?」
 なんとなく言いたいことは判るが、それがどんな意味を持つのかがまだ判らない。
「真の狙いは判りませんが、推察するに……民衆を煽り、この対立を盛り立てたかったのは間違いありませんね。それを利用し何かをしかけてくる可能性は充分にあります。計らずとも、私達はその策略に乗ってしまい、しかもその効果を増幅させてしまったと」
 マジか? いや、なんか無意味な挑発だったなと思ってたんだが……そうか、裏でそんなことまで考えてたのかよ。となると、ベイリンチ卿と直接接するエリスに余計な負担を掛けちまったって事か……アリスが暗い顔をするのはそういうことか。
「でもエリスならそれも逆手に取りそうな気もするね。むしろ良かったのかもよ?」
 楽観的な見方をするのはシーラ。確かにそんな気もするが……そうであって欲しいな。
「ま、とにかく私達は私達のやれることをやろうぜ。なに、エリスもレイリーも大丈夫だって。もちろん私もね」
 私は歯を見せるようにアリスへ笑いかけた。そうしてようやく、アリスは本来の笑顔を取り戻してくれた。
「そうだ、アリス。前と後ろ、どっちが良い?」
「はい?」
 唐突な私の質問に、アリスは戸惑った。おっとっと、あまりにもアリスが可愛いから質問が飛躍しすぎちまった。
「前と後ろ、どっちを攻められたい? さっきの活躍とギャップを見てたらさ、アリスがホント可愛く見えてさ……な、どっちが良い?」
 要するに、やらないか? って誘ってるわけ。
「ちょっ、もうカサンドラさん……」
「ここに来て欲情する? まったく、本当にフタナリなのではなくて?」
 アリスが顔を赤らめ、セイラが呆れた。
「本物じゃないが、何時だってフタナリになれるぜ?」
 取り出したのは、フレアさん特性の魔具。有り体に言えばペニスバンド。眷属同士で繋がるための必需品になっている。
「……今日は後ろが良い、かな……」
「あは、アリス姉ちゃんったらもうその気になってるね」
「ホント、あなた達って私よりも淫乱なんじゃないの?」
 素直に答えたアリスを、リーネとシーラがちゃかし始めた。
「だって……さっきまで大勢の人の前で演説めいたことしちゃったけど……みんながいなければあんな事出来なかったし、みんながいてくれるって意識できたからやり通せたけど……その、みんなを意識してたから……」
 おいおい、あんな大立ち回り演じながら感じてたのかよ。やっぱりエリスの娘だな、そんな淫乱なところまで母親譲りか? もちろんご主人様仕込みってのが一番大きいんだろうけど。
「ならとっとと控え室行こうぜ。私ももう我慢できそうにないや」
 ま、当然大活躍のアリスを見ながら私も濡らしてたんだけどな。あまりにもアリスが可愛いんだから当然だろ? たぶん他のみんなも同じハズ。私達は急いで闘技場の奥へと進んでいった。盛り上がったこの欲情を満たすために。

 私に割り当てられた控え室は、通常の奴隷戦士が割り当てられる部屋よりも豪勢……というか、幾分広く、そして設備などが幾分「マシ」になっているゲスト用の部屋。闘技場出の私とはいえ、一度ここを出た以上今の私はゲスト扱いってことになってる。でもそんなのは形式上のことで、大会が始まったら結局は同じ扱い……命がけの闘いを見せ物にされる事に変わりはない。
 部屋に入ってすぐに、セイラとシーラが部屋の中を魔法で探知する。事前に何か仕掛けられていないかを探るためだ。案の定、ありとあらゆる物がごっそりと仕掛けられていた。どれもが嫌がらせに近い物ばかりで、たいした被害を被る物じゃないが……ま、これがここの「歓迎」だよな。現役時代もよくやられてた。だが重要なのはこんなせせこましい物じゃなく……。
「思ってたより多いね、のぞき見趣味の変態さんは」
 シーラが見つけたのは、部屋の中を監視するための魔具や魔法。これだけ多いと、どうも複数の者が私のことを見張りたがっているってことになるのか……思っていたよりも「敵」は多いのかも。まあとりあえず、見つけた物は全てシーラが撤去したりディスペルマジックで無力化したりしてくれた。
「一つくらい残してもよろしかったかしら。見られるの好きでしょう? カサンドラ」
「レイリー以外に見られたかないね。それに見られたいのはセイラの方じゃないのか?」
 これからここで行われることが外に漏れたら……フタナリ伝説が真実みを帯びてもっと広がるだろうな。セイラは冗談を口にしながら、外部から中をのぞき見されないための結界を張る。そして侵入者の接近を知らせるいくつかのトラップをシーラが魔法でしかけていった。ここまでしないと安心できない部屋で控えてろっていうんだから、本当にここの関係者は鬼畜ばかりだよな。
「よし、それじゃ早速……」
 私は下だけ鎧を脱ぎ、特製のペニスバンドを直ぐさま装着した。そしてまだ服を脱いでいないアリスを軽く持ち上げる。下着は履いてないから、このまますぐにやれるんだが、アリスがそれを躊躇している。
「ちょっ、いきなりですか? 後ろはその……」
「おっと、前はずぶ濡れだけど後ろはまだか」
 私としたことが、焦りすぎだ。いくらアリスでも後ろを濡らさないで入れるのはキツイよな。それはそれで気持ち良くなっちまうのが私達だけど、今日はその手のプレイじゃないからちゃんと濡らしてやらないと。
「じゃあ、私カサンドラさんのコレ舐めるね」
「なら私はアリスちゃんのお尻を頂いちゃうね」
 楽しげに話しながらしゃがみ込んだリーネはペニスバンドを舐め始め、シーラは被っていたフードを外しながら私に持ち上げられたアリスの両足を掴み、強引に身体を浮かせる。そしてスカートの中に顔を入れケツを舐め始めた。
「ちょっ、や、こんな格好……」
 両手両足を担がれ大の字で持ち上げられる格好になったアリスは、恥ずかしがりながらも大人しくシーラの舌を受け入れている。
「あら、私あぶれちゃいましたね。さてどうしましょうか……」
 後れを取ったセイラが、人差し指を顎に当てながら考えている。その間もリーネとシーラの舌は挿入準備を進めている。
「そうだわ、ここにある魔具を利用して……」
 セイラは仕掛けられていた監視用の魔具をいくつか取り出し、アレコレと品定めをし始めた。
「これと……これは使えるかしら。ねえシーラ、ちょっと手伝ってくださらない?」
「えー、アリスのお尻美味しくなってきたところなのにぃ」
 そう言いながらも、シーラはゆっくりアリスの足を下ろしセイラの元へと向かう。
「ちょうどいいや、リーネ、もういいぞ」
「ん……チュ……もうちょっと舐めたいけど……ん、仕方ないか」
 名残惜しそうにペニスバンドから口を離すリーネ。所詮は魔具なんだが、このペニスバンドの形や大きさはレイリーの物と酷似している。だから舐めているだけでもレイリーを感じられる気がして、いつまでも舐めたくなっちまうんだよな。
 充分に濡れたペニスバンドの張り型とアリスのケツ。もう入れるには充分。
「ね……入れるなら、早く……」
 アリスも待ちかねてる。そしてもちろん、私もね。
「ひぐっ! ん、いきなりは……、ん、あっ、んん!」
 そう言いながら、ヒラヒラと可愛らしいドレスのスカートを舞わせながらいきなり腰を自ら振り出すアリス。もちろん私もガチガチと鎧を鳴らしながらアリスを後ろからの駅弁スタイル、私の好きなこの格好で攻め立てる。
 アリスのケツはよく締まる。このペニスバンドは相手の中に入れると入れた分だけコッチの中にも同じ張り型が伸びてきて、締められる分だけこちら側が膨張し、その逆も当然起こる。つまりこのペニスバンドは装着側も挿入側も楽しめるように作られた、フレアさん渾身の作品。あの人、本当はイフリータじゃなくて私達と同じ淫魔なんじゃないかって本気で思うよ。
「ん、あ、き、つく、てっ、ん! い、あっ、ん、つよ、おく、おくまで、くる、きてるぅ!」
「アリスも、中きつくて……いいよ、こっちも、来てる、アリス、ん、いい、いいよ、アリス……」
 激しく愛し合う私達に、突然閃光が放たれた。何事かと目を向けてみれば、そこには怪しげな水晶球を持ったセイラがいた。
「あら、気になさらないで。私はただ、とってもいやらしいアリスの痴態をこうして記録しているだけですから」
 そう言ってセイラは、簡単な呪文を唱え始める。すると水晶球の上に絵が浮かび上がってくる。それは……まさに今の私達が制止した姿。足をM時に開き胸を服の上から揉まれながら、だらしなく口を開き喘ぐアリスの姿そのままだ。
「このような絵を何枚か記録できる魔具なのですよ。これをレイリー様への手土産にしようかと思いましてね」
 レイリーに、この姿を見られる……直接ではないにしても、この姿を後で見られるんだ。そう思うだけで……。
「あれ? アリス姉ちゃんもカサンドラさんも、腰が激しくなったね」
 ニコニコ笑いながらリーネが見たままをわざわざ報告する。そりゃレイリーに見られるって思ったら興奮もするだろ、私もアリスもさ。
「私が持ってるのは、音声を記録できる魔具なの。ほら、さっきまでの声……聞こえる?」
 今度はシーラが、細長い結晶体をアリスの耳元へ近づける。そしてその結晶体からは、アリスの喘ぎ声が漏れ出してきた。
「わ、わた、わたし、こん、こんな、ん、あぁ! や、はずかしい、はずかしい、よ、ん、あ、んぁあ!」
「だったらお口を閉じてごらんなさい」
 閃光を焚きながらセイラがアリスに無茶な提案を促す。
「そ、むり、むり! き、きもち、よくて、こえ、こえ、でちゃう、でちゃうも、ん、ふぁあ!」
「その声を、後でレイリー様に聞かれるんですよ? そのはしたない声をね」
「はし、ん、ご、ごしゅじん、さま、あ、アリスの、いやらしい、あん! いやらしい、こえ、き、きいて、ます、か、ん、ふぁあ!」
「アリスは今、どうされているのですか? ちゃんとレイリー様……ご主人様のご報告しなければね、アリス」
「はい、はい、い、いま、わたしは、ん、くぁ! ん、いま、わたし、は、か、カサンドラさんに、おし、おしり、おしり、おしりを、た、たくさ、ん、んん! たく、たくさん、ついて、もらって、きっ、きも、きもち、よく、なって、ま、す、ん、ふぁ、あ、あ、あぁあ!」
 言葉責めを続けながら、セイラは揺れるアリスのスカートを摘み、それを持ち上げる。私からじゃ見えないけど、たぶんアリスの淫唇はぐっちょぐちょに濡れて凄いことになってるはず。セイラはそこに魔具を近づけ、閃光を何度も放った。
「や、そ、そんな、とこ、ち、ちかづけて、とらない、で、ん、あふぁあ!」
「すっごぉい、アリス姉ちゃんの奥からどんどん溢れてきてるよ。お豆もピクピクさせて、気持ちよさそー」
「ほらぁ、ちゃんとどんな様子か、ご主人様に報告しなきゃ。ね、アリスちゃん」
「ふぁ、はい、わたし、きもちよすぎて、みつ、いっぱい、だっ、だし、んっ! だして、ます。ハァ、ハァ、んっ! おし、おしっこ、してる、みたいに、いっぱい、いっ、いやらしく、いっぱい、でて、でてますぅ! ん、ふぁあ!」
 言葉責めにリーネもシーラも加わり、アリスの羞恥心を激しく虐め倒している。そして良く見れば、言葉責めしている三人共に自ら股間へ手を伸ばしまさぐってるじゃねぇか。まったく、本当に変態揃いの眷属だよ。もちろん私もな。アリスが虐められてるのを聞いてるだけでも軽く逝きそうだってのに、アリスの中凄く気持ちいいから……腰、止まんねぇよ。
「ふふ。アリス、もうそろそろなのでは? お尻で逝ってしまう変態お嬢様の姿、ちゃんと残してあげますからね」
「逝くときは大きな声でね。ちゃんとその声も残してあげるから」
「ね、ね、逝くときは潮噴いてね。リーネがアリス姉ちゃんの飲んであげるから」
「私もそろそろ……一緒に逝こうぜ、アリス」
「み、みなさん、う、うれし、い……ん、ふぁ! い、いく、いきます、アリス、いき、いき、ん、ふぁ、ん、あぁあ! いっ、いく、おし、おしりで、アリス、いき、いく、いく、いく、いっ……く、あ、かは、ん、ふあ、ん、んぁああああああ!!」
 ぐっと締め付けられる菊門。同時に前からは弧を描きながら噴き出す黄金水。その行き先はリーネの顔。
「ん、ゴク、ゴク……ん、もう、これオシッコじゃない……ん、でも美味しいからいいや」
 惚けた顔を見る限り……リーネも軽く逝ったな? っと、それはセイラやシーラも同じみたいだな。そしてもちろん、私も逝ったよ。はぁ、アリス可愛くて気持ち良かったなぁ……なんていうか、肉体的な悦びってよりは精神的に逝ったって感じだ。それがまた気持ちいいから癖になる。こんな関係続けてたら、そりゃ人間不信も直るってモンだよな。
「ふう……さて、じゃれ合うのもここまでにしてそろそろ本題に移しましょうか」
 正直みんなまだ物足りないし、淫魔である私達にはこの乱痴気騒ぎこそ本命なんだけど、そうも言っていられない。セイラの一言で私らは気持ちを切り替え、私が参加する武闘大会の対策を話し合おうとするが……。
「その前にさ、私……着替えたいな」
 アリスのションベンを飲みきれなかったリーネのメイド服はビショビショだ。アリス、こんなに漏らしたのかよ。
「ごっ、ごめんなさいリーネ……えっと、でもどうしましょう」
「しゃあないな……水浴び場あるから、そこで服洗うか。着替えも何とか……とりあえずそのままじゃマズイから、とっとと行こう」
「そうですわね……その前に、リーネ、ほらこっちを向いてくださらない?」
「ちょっ、セイラさん、こんな姿残さないでぇ!」
 リーネの言葉は閃光で却下された。まったく……なんなんだこの仲良しグループは。

 どうにかリーネの着替えをすませた私達は、予定より随分遅く始まった作戦会議に集中していた。ちょっとリーネは集中しきれないようだが……まあしょうがないか。今リーネが着ているのは私がとりあえず用意した、闘技場所属の給仕が着るメイド服。これがまた露出箇所の多い服でさ……姉のフィーネは露出狂だがそこまで目覚めてないリーネは着心地悪そうにしている。
 そんなリーネをよそに作戦会議は進む。まずは私から、改めてこの闘技場のひどさ、不公平さを伝え始めた。その筆頭となるのは、この闘技場で皮肉を込めて「スポンサールール」と呼ばれる裏ルールについてだ。
 このルールはぶっちゃけて言えば、スポンサーの都合が良いように大会が仕組まれるって事で、スポンサーの所有する、あるいは応援している奴隷戦士が優勝するってのが常識になっている。だから当然八百長なんかは当たり前で、目の敵にされたくなければ対象となる戦士を相手にする場合は手を抜く必要があった。そうしなければ、あの手この手で大会中や大会後に様々な妨害を受け、場合によっては暗殺までされる。
「つまり……今回はベイリンチ卿が主催の大会ですから、あのセリーナというシフターが優勝するようになっていると?」
「ま、そーなるな」
 もっとも、私はそんなルールに従ったことはないけどね。だから色々余計な恨みを沢山買っちまって苦労したが……それが功を奏してここからとっとと出られる機会を得られたんだけど。
「……なるほど、ですからあの挑発……納得いきました」
 セイラが一人で納得し始めている……いや、またアリスが暗い顔をし始めたところを見ると、アリスも何かに気付いたようだが……
「なあ、なんだよそれ。判るように説明してくれ」
 まったく判らない私はセイラに説明を求めた。
「優勝する自信があるからより目立とうとしたのでしょう。そして対立している様子を観衆に印象づけ、盛り上げさせる。そうすれば戦士同士のいざこざをエサに、ベイリンチ卿がエリスに何か仕掛けることが容易くなる……」
「何かって何だよ」
「例えば……お母様に賭を持ち出す、とか」
 私の疑問に、今度はアリスが答えてくれた。賭……ね。なるほど、私にも読めてきた。つまり私とあの生意気な半獣との勝負を盛り上げれば、観衆は更なる盛り上がりを求めるようになる。それに答えるためには……戦士同士、あるいは戦士の飼い主同士が何かを賭けるってのが手っ取り早い。そしてその賭の内容次第で観客は更に盛り上がれるって訳だ。観客を満足させなければならない以上、エリスの逃げ場は防がれたも同然で、提案される内容に従わなければならなくなるだろう。しかも大会は半獣が勝つように運営していく以上、勝率はかなり高いと踏んでるわけだな。ったく、舐めたことしてくれるじゃねぇか……。
 ちなみに、この手の賭は大抵どちらかの命だったり奴隷戦士の所有権だったりすることが多いんだが……ベイリンチ卿ってのは様々な意味で「いやらしい」性格だったはず。おそらく賭けに持ち出すのは私の身ではなくエリスの身か? なんにしても……
「それって……まずいよね?」
 リーネが不安を口にするが……私はそれを笑い飛ばした。
「ハッ! なぁに、私が勝てば良いんだろ? そうなりゃむしろラッキーだ。なぁ?」
 楽観的な答えだが、結局はそれが一番。これしか突破口は無い。
「……ですわね。その為にも、もっと作戦を詰めなけれ……」
「シッ!」
 シーラは不意に人差し指を唇に当て、セイラに沈黙するよう促す。程なくして、足音が聞こえてきた。シーラは仕掛けておいた魔法で何者かの接近を感知していたようだ。
 程なくして、ドアをノックする音が響いた。
「開いてるぜ」
「……失礼します」
 扉を開け中に入ってきたのは、リーネと同じ扇情的なメイド服を着た女性、この闘技場に勤める給仕だった。スカートの丈は短く胸元も大きく開いたこの服を、一体誰がデザインして着せてるんだろうね……現役時代から思っていたことだが、まったく良い趣味してるぜ。おかげで思わず給仕に手を出しちまったことが何度あったことか。
「飲み水の追加をお持ちいたしました」
 給仕が手にしているのは大きめの水差し。女性が一人で抱えるにはかなり重いが、慣れた手つきでそれを運びながら、部屋の隅にある水入れの壺まで歩いていく。
「……お久しぶりですね、カサンドラさん」
「ああ……誰かと思えばアンタか。まだ生きてたんだな」
 給仕は現役時代の……いや、もっと前からの顔見知りだった。彼女は元々イーリスの出身で、戦争時は救護に尽力していた武神ハーニアスのシスターだった。それが敗戦時にここへ売られ、こうして給仕として務めながら生き存えている。
「これもハーニアス様のご加護でしょう」
 この街では基本的に信仰は自由だ。だから売られた身でありながらも彼女は信仰を続けられた。それにここは闘技場。神にでもすがって生き存えたい奴隷戦士達にとって武神ハーニアスの僧侶が祈ってくれるのはありがたいわけだよ。だから彼女は奴隷戦士の間では人気者だった。
 ただ正直……彼女が本当にハーニアスの信仰を続けているのかは疑問だ。ここに渦巻く陰謀は、そんな信仰も簡単に握りつぶすだけの圧力があるからな。実際彼女の同僚達の中には信仰と陰謀の狭間でもがき、自ら命を絶った奴もいたくらいだ。ハーニアスが信じる正義の武勇なんて、ここには塵ほどにもない。
「そして、こうしてまたあなたに会えたのもハーニアス様のお導きかしら」
「どーかね」
 導きだとか、そんなの興味はない。それに当時の私は誰も信用していなかったから……顔は覚えていたが彼女の名前を覚えてない。そんな間柄で導きなんてあり得ないだろ。
「相変わらずですね……ではお水、足しておきますから」
 無愛想な私にこれ以上世間話は無駄だと悟ったのだろう。給仕は手にした水差しを傾け壺の中に水を入れようとする。
「あー、ちょっと待てよ」
 だけど私から、その行為を止めさせた。まったく……結局コイツもか。
「最近ハーニアスの教えは変わったのか? 毒薬を飲ませるのが武勇の神のやり口とは思えないんだが」
 僅かに香る異臭。嗅ぎ覚えがあるよこの匂いは。現役時代飲まされそうになった毒薬の匂いと同じだよ。
「この匂いは……懐かしいですわね」
 おそらく私よりも先に気付いたのだろう。いつの間にか、セイラは給仕の側まで接近していた。そして強引に壺を取り上げ、中の匂いを確かめている。
「間違いなくローエ教団が好む「苦薬」ですね。飲めば全身に苦痛が広がる麻薬……信者以外にはただの毒薬ですけれど」
 へぇ、これってそう言う毒薬だったのか。そこまでは知らなかった……ってことにも驚いてるけど、つまりこの給仕はいつの間にかハーニアスからローエに鞍替えしてたのか。それが長生きの秘訣だった訳ね。
「くっ……」
 給仕は逃げようと足を踏み出すも、それを許すほど私達は優しくない。抵抗する隙を与えることなく、シーラが縄を操り給仕の動きを押さえた。この縄はセイラの鞭と同じ素材で出来ている、魔力で操れる魔具。だから縄はシーラが自在に操って縛ったわけだが……
「なんつー縛り方してんだよ」
「あら、この方がステキじゃない?」
 単純に腕と胴を縛るんじゃなく、脇の下も股の間も、そして胸の周囲にまで縄を巡らせ……亀甲縛りで給仕を捕らえている。着ている服が露出度高いから、これまた亀甲縛りがよく似合う。そう言う意味じゃシーラのセンスは良かったってことかい?
「まあいいけど……さぁてと、どうしようかね」
 ここまで来れば尋問するのが順当な手立てだけど、相手はローエに回心した僧侶。鞭で叩いて口を割らせようにも、むしろ悦んじまうから尋問にならないんだよな。ったく、ホントに厄介な連中だよ。
「ここは私に任せてよ」
 そう言って笑みを漏らしているのはシーラ。何か手立てがあるのか? まあここは任せてみるしかないな。私は素直にシーラと入れ替わり、成り行きを見守ることにする。
「さぁてメイドちゃん。お姉さんによぉく顔を見せてね」
 睨みつけるようシーラへ向き直る給仕。だがその鋭い目は急速に目尻を下げ、重そうに目蓋を半開きにしている。どうやら彼女は催眠状態に堕ちたようだ。なるほど……以前レイリーがティティを堕としたときに使った手を、彼女にも試みるってわけか。そもそもこのやり方はシーラがレイリーに教えたやり方だったっけ。
「さあメイドちゃん。まずあなたの名前を聞かせてくれるかな?」
「……メル……です」
 あー、そうだ。そんな名前だったっけ。
「ではメルちゃん、あなたは今日久しぶりに会った人がいましたね。それは誰ですか?」
「……カサンドラ」
 私の名前が出たところで、シーラは指を鳴らした。するとメルの頬がほんのり赤くなった。あー、なに? この娘を私に宛がおうってわけ?
「カサンドラと出会って、どう思った?」
「相変わらず……がさつで、無愛想だなって……」
 まあ良い印象はないよな。なんかこうやって本音を聞き出すのって……むず痒いというか、ちょっと申し訳ないなって気もする。ま、でも私を苦しめようとしたんだからこれくらいはね。にしても……今チラリとシーラが俺を見たのがちょっと気になる。なにをメルって娘の中で見たんだ?
「それだけ?」
「それ……あの、なんだか、その……」
 シーラによって私に欲情するよう仕向けられているメルは、書き換えられる感情に戸惑いながらこちらの都合良いように良いように彼女自身が向かっていく。
「ステキだった?」
「はい……ステキでした」
「どうステキだった?」
「どう……あの……」
「たくましい?」
「はい、とてもたくましくて……あっ、ふあ……」
「ハーニアス様みたい?」
「あっ、あっ……はっ、はい……ハーニアス様のように、たくましくて……雄々しくて……勇敢な、ぶっ、武神のような……」
「ハーニアスよりも、カサンドラの方がとってもステキでしょ?」
「ひは、あっ、ふぁああ!」
 短いスカートの丈からよく見えるメルの太股。そこがまるでお漏らしでもしたかのように濡れているのが見えた。すごいな……これが生粋の淫魔が扱う力か。
「どう? カサンドラの方がとおってもステキよね?」
「はい、はい! もちろんです……カサンドラ様の方がステキ、ステキですぅ!」
 なんつーか……強制的に惚れさせてるとはいえ、照れるね。悪い気分じゃないよ。やってることはとても褒められるものじゃないけどさ、私らは淫魔だからね。私らにとってこれが正義なのさ。
「そう……ではローエと比べてどうかな?」
「あ、は……ああ……」
「かの女神よりも、美しいでしょ」
「美しい……あ、あの、あ……の……」
「カサンドラは美しい?」
「うつ、あ、は、はい、はい! カサンドラ様は美しいです」
「たくましくて美しいカサンドラは、とってもステキよね」
「はい、ステキです。カサンドラ様はとてもステキですぅ!」
「そう……つまりあなたが信じ愛してるのはカサンドラよね?」
「しん……ふぁあ! ん、はぁ……はい、私はカサンドラ様を信仰し、愛しています……」
 信仰かよ……私は彼女にとって神様以上になったって事?
「ハーニアスよりもローエよりも、あなたが信じ心を許すのは誰?」
「かさ、カサンドラ様です。カサンドラ様ですぅ!」
「メルの心は誰の物?」
「カサンドラ様です! 私はカサンドラ様に全てを捧げますぅう!」
「カサンドラのことを考えるだけで逝っちゃう?」
「いっ、いっちゃう、いっちゃいます、わた、カサンドラ、さま、カサンドラさま、ふあ、ん、あっ、あぁああああ!」
 ……気絶しちゃったよ。うわぁ、なんか凄いなぁ。
「ふふ、思ったより上手くいったわ……さ、後は任せるわよ」
 後はって……ああそうか。レイリーの時もそうだったっけ。でも実際どうすれば良いんだ? 私はまたシーラと場を入れ替えながら、でも何をして良いのか戸惑い後ろを振り返る。
「やっちゃえば?」
「ダメよ。レイリー様の許可無く眷属を増やすわけにはいかないわ」
 ど直球なシーラの答えを、セイラが即座に却下した。
「情報を聞き出すだけで充分よ。とりあえずこの娘さんはあなたに惚れちゃってるから、何でも話してくれるはずよ」
 聞き出すだけ……ってのが一番難しいんだよな、正直。シーラじゃないが、やっちゃうかどうかって方が判りやすくて好きだが、セイラの言う通り眷属を増やす事は出来ない。もちろん干からびるまで吸い尽くすのも、ここまでお膳立てしたんだからもったいないし。ま、やるだけやるか。
 私はメルの頭を膝の上に乗せ、彼女が目を覚ますのをしばらく待つ。その間、なんか妙な緊張が私の中を駆けめぐる……うわぁ、こーいうの苦手なんだけどなぁ……早く目を覚ましてくれ。
「あ……わた、し……」
 お、目を覚ましたか……覚ましたのは良いけど、こっからどーすんだよ。
「あっ、カサンドラ……様……やっ、あ、カサンドラ様!」
 私に膝枕されているのに気付いたメルは、慌てて頭を起こそうとする。
「じっとしてなって。気を失ってたんだ、無茶はすんな」
 そこまで追い込んだのは私らだけどね。
「あ、あの、でも、私、その……」
 顔を赤らめながらメルは照れているようだ。だが赤く染まった頬も次第に青ざめていく。
「私……ああ、私なんて事を……カサンドラ様、私、私……」
 メルは狼狽し、ガタガタと身体を震わせている。まあそうだよな……信仰するとまで言った相手に毒薬飲まそうとしたんだから。その信仰もこっちが植え付けた偽りの信仰だけど……なんかこう、居心地悪いな。
 こうなんて言うか……正面切って襲ってきた奴が死に際にガタガタ震えてるってんなら、むしろザマアミロって気分になれるが、彼女の震え方はそーいうのとはだいぶ「質」が違うからなぁ。
「気にすんな……仕方なかったんだろ?」
 そう言って、とりあえず頭を撫でてやる。すると彼女は、大粒の涙をボロボロこぼしだした。
「申し訳ありません……申し訳……」
 あー、マジ参った。こーいうのはホントにダメなんだよ……セイラとかはむしろこーいうの好きそうだけど私はダメだね。さてどうしたもんか……。
「メルさん……でしたね? 少しは落ち着かれました?」
 業を煮やしたのか助け船のつもりか、セイラが私の正面に回りメルに問いかける。とりあえず私はメルの半身を起こし話がしやすいようにしてやる。
「はい。あの、あなたは……」
「今のあなたならば、メイデン・オブ・ウィップと名乗れば判っていただけますかしら?」
 フードを外し素顔を晒しながら自己紹介をすませるセイラ。メルはまた先ほどとは違う理由で狼狽え始めた。
「あっ、あなたが……裏切り者の……」
 裏切り者と呼ばれながらも、セイラはメルに微笑みかけた。まあ今の彼女なら裏切り者って呼ばれることは名誉とすら思ってそうだしな。
「ええ、私は教団を裏切りました。しかしそれはローエの教義に嫌気が差し、真実の愛に目覚めた結果です。今のあなたならば、私の気持ちも理解できるのではなくて?」
 真実の愛……か。まあ世間的に見たら私らの愛ってかなり歪んでるんだろうけど。そして今のメルも……気持ちを歪まされた一人になっている。
「わっ、私は……」
「ハーニアスに絶望しローエに光明を見出そうとしたのでしょう? でもあなたを導いてくれるのは、姿の見えない神々ではない……あなたにはもう判っているはずです」
 ゆっくりとメルがこちらへ振り返る。瞳は潤み、そして輝き、希望と期待に満ちた眼差しを私に向けている。そんなに真っ直ぐな目で見られると、こう、罪悪感が……人を斬り殺したって何とも思わない私が、こんなことで……ふと視線を外しセイラを見ると、ウインクで合図を送っている。ああもう、判ってるよ。
「メル……なんでこんな事になったのか、教えてくれるか?」
「はい……」
 ローエを裏切ることになるのを承知した上で、メルは頷いてくれた。ふぅ、とりあえず私の役目は終わったかな? 彼女への質問は基本的にセイラが仕切ってくれるから、私は言葉に詰まったときとかに促せば良いだけだ。なにせセイラはローエ教団の内情を知っているから、私より事細かく聞き出せることも多いし。
 とりあえず安心させる意味も込めて、私にメルの身体を預けさせながらセイラの質問に答えて貰った。私が聞いていてもよく判らない話もあったが、私にも判る、大きな話も多かった。
 まず……ベイリンチ卿がローエ信者だということ。これは驚くに値しないというか、あり得る話だとは思ってたが……面倒なことになりそうだ。またメルが苦薬を私に飲ませようとしたのはベイリンチ卿の指示だそうだ。メルは救いの手を差し伸べないハーニアスに絶望し、その反動でローエに帰依することになったらしいんだが、彼女をローエに導いたのもベイリンチ卿らしい。導いたって言うか……調教されたって言い方が正しいようだな。ようするに、ベイリンチは給仕のメルに目を付け調教し、メルはMに目覚めちゃったからローエに転んだって感じらしい。信仰より性欲が勝ったってのは……こう、共感できちまうのはいいんだろうかね? 私は。
 さて、そのベイリンチ卿が飼っているあの生意気な半獣だが、アイツもローエ信者らしい。彼女は格闘家というより修行僧(モンク)なんだそうで、闘技場の試合では相手を一方的に殴りつけのたうち回らせては悦に浸っているとか……悪趣味だね。どうせなら悲鳴も立たせずにぶった切った方が気持ちいいのにさ。まあアイツとは間違いなく大会で闘うことになるだろう。ローエのモンクか、苦しむ悦楽に浸らせる暇も与えてなんかやらねぇぞ。
 ここまではまあ、私もセイラも驚くほどのことでもなかった。そして更に語られた情報もまた予測できていたことではあったけど……外れて欲しかったな。
「では……見たのですね?」
「はい。間違いなくあなたがおっしゃるブラックガードでした」
 ミネルバめ……やはりローエの連中と接触してたか。
 メルの話では、この街にあるローエの隠し神殿にミネルバが訪れ司教クラスの連中と密談が行われたらしい。一信者でしかないメルはそこでどんな密約が交わされたのかは全く知らないようだが、ミネルバを見たのは間違いないらしい。アイツ……何企んでやがる。
「ありがとな。色々助かったよ」
「あっ、いえ……お役に立ててなによりです」
 頭を撫でてやりながら礼を述べると、メルは熱病にかかったように顔を赤らめた。こうやってるとなんか……食べたくなるなぁ。そーいや現役時代もこの娘を「つまみ食い」しようとしたこともあったっけ。でも境遇が境遇だから手を出すの躊躇ってた……今はもうお膳立てバッチリだから食い放題……なんだけど、手を出すわけにはいかないし……うう、御馳走を前に「マテ」をされてる気分だ。
「あの、それで私は……どうなるのでしょう?」
 また急速に赤みが消え顔を青くし始めるメル。どうなるって……どうする?
「教団に戻す?」
 シーラの言葉を受けメルは即座に激しく頭を振り、拒絶の意志を大きく伝えた。
「いや、イヤです! もうあそこには戻りたくありません。カサンドラ様、後生ですからお側に、お側に仕えさせてください……」
 んー、そうなるよなぁ……私の側かどうかはさておいても、こうして教団の内情を話してしまったメルはもう裏切り者だ。そう簡単にバレはしないだろうが、それを隠し通せる自信がメルにはないのだろう。それに私に苦薬を飲ませることに失敗しているのだから、このままおめおめと帰れば制裁が待ってるのは確実だ。信仰を失った彼女が戻りたくないと言い出すのは当然って訳だ。
 とはいえ、私の側に置いておくって言っても、いずれシーラの術は解けるし、解けないように何度も術を掛けるのは面倒だし……いっそ吸い尽くして「糧」にしちまった方が色々面倒が無くて良いんだけど、ここまでなつかれた後だとなんかそれも躊躇われるし……参ったな。
「お願いします、カサンドラ様。どうか、どうか……」
 腕を組み困り果てる私に、メルが涙目で捨てないでと懇願を続けている。
「カサンドラさん、専属の世話係とか、そのようなシステムはこの闘技場にありますか?」
 何かを思いついたのだろう、アリスが私に尋ねてきた。
「まあ、あることはある。闘技場から買い上げた奴隷とか他から買ってきた奴隷を登録して専属で付けたり出来る。たぶん今でもやってるだろ」
 私も奴隷戦士の身でありながら専属の奴隷を買ったりしたこともあったしな。ま、私の場合は世話係っていうよりは性処理係だったが。
「あの、メルさん。あなたはベイリンチ卿の奴隷なのですか?」
「いえ、私はあくまで闘技場の給仕です。その方がベイリンチさ……ベイリンチにとって都合が良かったので」
 例えば今日私に苦薬を飲ませようとしたように、給仕として他の奴隷戦士を邪魔する役割を任されていたと、メルは自分の立場を語った。
「でしたら……メルさんを闘技場から買い取りましょう。お母様と連絡を取り手配して貰えれば、メルさんをカサンドラさんの側に置く名分は整いますでしょう?」
 なるほど、それは良いね。それだったらメルに掛けた術が解けても即座に対応できそうだし。その結果結局吸い尽くすことになっても、今よりは戸惑い無く吸えそうだ……いやどうかな。情が移ってますます出来なくなりそうだが、まあ「買う」んだからどうしようとこっちの勝手になるってのは良い。
 にしてもなんだ。私こんな情に脆かったか? やはりレイリーから受けた眷属化と愛の影響は大きいな。ホント、「人が変わった」ってこのことだろ。実際人では無くなったし。
「アリス、それでいこう。問題ないよな?」
「ええ、異論はありませんわ。良かったわね、メル。カサンドラがお優しい方で」
「はい、カサンドラ様の慈悲に私感銘しております」
 セイラめ、なぁにがお優しい方だ……皮肉のつもりか? 優しいっていうか……弱くなったのかも。でもこの弱さが眷属化と愛を手に入れた対価だってんなら、甘んじて受け入れるさ。
「では早速おか……あら?」
 アリスが母親に連絡するため手に取った、首から提げられたペンダント。それが淡い光を放ち始めた。これはあっちから連絡が入った合図。私達は各々自分のペンダントを握りしめる。
 連絡はレイリーから。なんでも盗賊ギルドを丸ごと傘下に加えたとか……おいおいおい、なんだそれ? 一人増えた眷属がたまたまギルドのボスだったとか、なんじゃそりゃ。ともかく……なんだかんだでベイリンチ卿との接触はこれかららしい。予定より遅れてるが、むしろこれは都合良い。セイラがこちらの経緯と集めた情報……シフターのモンクとあったいざこざやメルのことを伝え、メルの買い上げを頼んだ。
「……良かったわね、メル。「私達のご主人様」があなたを買ってくださるって」
「ああ……ありがとうございます。これでカサンドラ様のお側にいられます。あの、エリス様には感謝しておりますとお伝えくださいませ」
 まあ私らのご主人様はエリスじゃないんだけどな。
「さて、じゃ私は新しい仲間に会ってくるね」
 シーラが新しく眷属となったエマって奴と合流するために一人抜けることになった。シーラはフードをかぶり直し、この場を立ち去ろうとする……その間際に、私に耳打ちしてきた。
「その娘ね、初めからあなたに惚れてたわよ」
 は? ちょっと待て……なんだと?
「好きな人が苦しむ姿を見たかったみたいね。さすが、モテモテだね」
 ……なんだその歪んだ愛。まだシーラに聞きたいことはたくさんあったが、思わずメルを見て、そしてまたシーラに向き直ったときにはもう呪文を使って立ち去った後だった。
「あの、カサンドラ様……」
 潤んだ瞳で私を見上げるメル。
「あの……よ、よろしければ、カサンドラ様のたくましいその腕で……たっ、叩いてくれませんか?」
「……は?」
 恋する乙女なら、そこは抱きしめてとかそっちじゃないの? こんな可愛くても、元ローエ信者なんだなやっぱり。
「どうせ買い上げるんですから、叩くぐらいしてあげれば? あらあら、奇遇にもこんな所に縄と鞭が……」
「ああ、その縄でまた縛ってください……カサンドラ様、ずっとお仕えしますから私を縛って、鞭で叩いて……」
 そういうお膳立ては相変わらず素早いなセイラ。そーいやシーラが術掛けてるときに「たくましい」って単語をキーに使ってたが……そーいうこと?
「あの、こんな私ではカサンドラ様のお側に……いられないのでしょうか?」
 参ったなぁ、なんだこの展開……くそ、セイラだけじゃなくアリスやリーネまで笑ってやがる。
「いきなりお強請りとか、ちょっと生意気じゃないか? 買い取られる奴隷の分際で」
「あっ……あの……申し訳ございません、出過ぎた真似を……」
「いーや、ゆるさん。こりゃ躾け直さないとダメだな。だろ? セイラ」
「ええもちろんその通りですわね。さぁメル、大人しく罰を受けなさい」
「はっ、はい! あの、ハーニアスもローエも裏切った薄汚い僧侶に、カサンドラ様の鞭を、お情けをください。あなた様を裏切らないよう、強く鞭の痕を刻みつけてくださいませぇ!」
 この娘……なんか私達に馴染み過ぎじゃない? 眷属にしないまでも、もしかしたら良い拾い物だったかも?
「アリス、リーネ。あんたらも準備しな」
「ええ、もちろん……あら? 奇遇にもこんな所に蝋燭が……」
「ねね、偶然だけどポケットに乳首ピアスが入ったよ」
 どんな奇遇と偶然だよ。こりゃ派手な歓迎会になりそうだ。ま、大会に出る前の景気づけにはちょうど良いかもしれない。
「ああ、カサンドラ様……いい、んっ! この、この痛み……ああ! ん! くぁあ!」
 鞭の音と僧侶の叫びが室内に響く。ここじゃよくある光景だが、歪んだ愛情が刻まれ深まるってのはそうないだろうさ。この先彼女をどうするのか……それはその時が来たら考えるか。今はたっぷり、可愛がってやるよ。

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