第7.5話

※注意
 この話は設定補佐のための、つなぎの話です。
 その為説明的な文や台詞が多く、またエロシーンがありません。
 エロとそこに関わる雰囲気的な設定だけで充分な方は、この話は読まなくても問題ないと思いますので、読み飛ばしても大丈夫です。

 生きていく上で、周囲の状況を認識することは非常に大切だ。それはどんな者でも……人間でも淫魔でも吸血鬼でも、大切なことだ。安全にすごしたければ危険を知り回避する。餓死したくなければ食糧を確保出来る状況と条件を知り食料を得る。無知は罪……とは言えないが、しかし無知であることが自身の存続を危める可能性を大きくする。それが現実。
 例えば、よく知りもしない魔具屋の女房に手を付けようとして返り討ちに遭うとか……若かったなぁ、俺も。おかげで今があるわけだが……それは結果論。情報は出来る限りかき集めるべきとは、あの時の教訓と、その教訓を俺にたたき込んだ師匠の教えだ。
「でも私……その5年前の戦争ってよく知らないんだ」
 敵を知り己を知らば、百戦危うからず。その大切さを道中でなにげに語ったところで、リーネがこんな事を口にした。
 俺達が立ち向かい眷属にしようと画策している相手、麗しの聖騎士と呼ばれ……今はブラックガードとなったミネルバ。彼女がブラックガードになった経緯も含め、彼女の情報として大きく関わるのが5年前に起きた戦争。その知識がほとんど無いリーネは、これから俺達にとって戦場となるだろう金色の7番街への道中で、その知識を求めた。敵……ミネルバを知る上で。
「恥ずかしながら……私もあまり詳しいことは知らないので……」
 リーネの姉であるフィーネも、同じように知識を得たいと申し出る。5年前と言えば彼女達もまだ幼く、まして戦争と直接関わりの無かった平和な村で育ったのならば、知らなくても無理はない。なにせ彼女達に近代史を教えるような先生は村にいなかった……そもそも学校もなかったのだから。
 かくいう俺も……5年前となると孤児院にいた頃。流石に戦争の情報は耳に届いていたが、知っていると胸を張れるような情報は得ていない。それこそ知っているのは……俺達が住んでいる国「ガルザック王国」が、武勇の神ハーニアスを信仰する宗教国「イーリス」へ侵略し勝利。イーリスの領土は王国の統治となり、信仰は継続されているものの国としては滅亡した……という基礎知識。それに加え、元イーリス領内では復権を目指すレジスタンスが時折勃発し、それを軍事力で沈静化しているという現状くらいか。
 イーリスも信仰する神が武勇の神であったことから軍事国ではあったが、ガルザックはそれ以上の軍事大国。大義名分を何かしら持ち出しては侵略を繰り返し国土を大きくしている。それだけに各地で反乱の種は常にまかれており、その種がいつ芽を出してもおかしくない政治状況。これは元イーリス領土はもちろん、ガルザック王国各地で同じ事が言える。
 エリス母娘がいた赤の13番街で起こった騒動だって、国民にしてみれば「今度はあそこか」といった程度。ただ赤の13番街は領主がアレだったから治安の良いところとは言えなかったものの、古くから王国の領土であった街だけに、反乱が起きるとは思われていなかった。だから討伐隊の到着が遅れた……という事情はあったが。まあそれ以前に、あの領主がモンスター軍を興し率いるというのも予想外だったわけだが。
 こんな政治状況だから、王国はお世辞にも平和な国とは言い難い。当然治安も良いとは言えず、貴族や軍人と平民との格差は大きい。腐敗した政府に不安は多いものの、それはそれで順応してしまうのが人間。むしろ腐敗しているからこそ商売が成立し、軍事も「実戦」が多いためにその力を維持でき、傭兵や冒険者といった職が成り立つ。俺達の「悪党狩り」も、こんな国だから成立するんだから……なんとも、嫌な時代だね。
 ここまでなら、リーネもフィーネも理解している。腐敗の進行度に関してまでは実感無かったと思うが、俺の眷属になって街で生活するようになってからは、それを肌で感じたことだろう。かくいう俺も……師匠の元で修行を始めてからようやく実感したってところも多かったからなぁ……世間知らずだったからね、俺も。
「あの戦争は……酷いもんだったよ」
 当事者が姉妹の疑問に応えるため口を開いた。彼女……カサンドラは馬に跨り馬車の警護をしながら、胸元にある魔具を通じて馬車の中にいる姉妹や他の者達に語り始めた。
 カサンドラは、元イーリスの軍人だった。それを知ったのはつい最近……俺達の街を出る直前だった。彼女がミネルバと接点があったのはその為。むろん、それだけではないはずだが……。
「戦争が始まった頃、私はまだ新兵でね……戦争のおかげで私の名前は売れたけど、だからってあの戦争をありがたかったとは今でも思えないよ」
 好戦的で自分の武力を振るえる機会を求める彼女ではあるが、結果として敗戦したのだ。ありがたいとは思えないのは当然だ。
「なあエリス。あの戦争は……ガルザック王の私欲で起きた戦争……だと思うか?」
 突然話を振られたエリスは一瞬言葉に詰まったが、問いかけに対し素直に応える。
「世間一般的にはそう思われているでしょうし、これまでの侵略戦争を考えれば誰もがそう思うでしょう。私も、特に疑問を感じるところはありませんが……」
「まあそうだよな……貴族のあんたでも、そう思うよな……」
 話しぶりから、事実は異なるといった雰囲気。誰もがカサンドラの言葉を待った。しかし彼女の口は中々開かれず、しばし沈黙が続いた。
「……ごめん、私もその通りだと思うんだが……なんか引っかかるんだよ」
 当事者にしか判らない違和感だろうか? その答えをカサンドラも探り出したかったのだろう。そんな彼女に、違和感を共有する者が一人いた。
「イーリスは開戦準備が非常に早かったと聞く。その為ガルザック側は開戦時の奇襲に失敗したとも……引っかかるのはそこ? カサンドラ」
 諜報に長けるアヤは、客観的にあの戦争を様々な角度、立場から見ている。彼女の情報でもカサンドラの疑問に答えられないが、違和感の根元を周囲に伝えることは出来た。
「私はあの時まだ戦士になったばかりでさ……難しいことは判らねぇし……わりぃ、やっぱりよくわかんねぇ」
 変な話をし出した照れ隠しか、カサンドラは乾いた笑いを飛ばす。
 少し妙な空気になったのをどうにかしなければと思ったのか……アリスが一歩間違えると更に空気を重くしかねる質問を投げかけた。
「ミネルバって、どんな人だったの?」
 これは重要な話ではある。だが……あえて彼女に尋ねる者は誰もいなかった。尋ねるのが躊躇われる、そんな雰囲気があったからだが……しかしもう、そんなことを言っていられる状況でもない。ミネルバはこちらの予測より上を行き、挑発すらしてきた相手。出来る限り彼女の情報を得る必要があるのだから。
「……悪かった。もうつまらないことで意地貼っても仕方ねぇからなぁ……」
 カサンドラにしてみても、いずれは話さなければと思っていたのだろう。しかしそのタイミングを逃し続けてきた……仲間達が気遣ってくれるばかりに。アリスの質問が良い切っ掛けになった……カサンドラは周囲に謝罪すると同時に、自ら「空気の読めない奴」をあえて買って出た少女に馬車の外から目配せで感謝する。そんなカサンドラの様子は俺からではよく見えないが……彼女のことだ、大役を果たし胸をなで下ろしているだろう。まったく……俺の眷属達は悪党だった癖に、妙なところで妙な優しさを持ち合わせているな……俺も人のこと言えないと思うが。
「イーリスには「四(し)聖将」と呼ばれていた四人の将軍がいたんだ。ミネルバはその一人だった」
 麗しの聖騎士ミネルバはその中でも女性を中心とした聖騎士団をまとめていた女将軍。彼女の名は敵国にいた俺達の耳にも届くほど有名だった。
「他にも「慈悲深き老将」ラウルス、「戦陣の風」アルフレッド、そして「癒し手」フォルドーってのがいたけど……三人とも戦死したよ」
 ミネルバの名前だけが敵国に有名なのは、彼女が四人の中で唯一女性だったことと、彼女だけが囚われの身になったからだろう……と、ここはアヤが補足した。むろん戦死した三人とも、イーリス国内では有名で、尊敬の対象だったらしい。
「ミネルバは四人の中では一番信心深かったと思う。「神の加護ある限り、勝利は我が手に」なんて……へっ、戦場ではそればかり口にしていたな」
 乾いた笑いと共にどこか皮肉めいた言い回し……結果として負けたミネルバ本人への嘲笑なのか……カサンドラの表情からは、それ以上深く読み取ることは出来なかった。
「だけど信仰を押しつけることはしなかったね……神様なんて信じたこともない私を咎めたことはなかったよ。あの国じゃ、信仰のない奴は罪人って目で見るのに……変わった奴だった」
 宗教色の強い地域ほど信者以外を異端視する傾向は強い。孤児院育ちなのに無信仰だった俺も、そんな異端だったからよく判る。
「元々私は傭兵だったんだ。傭兵として戦争に参加してたんだが、ミネルバが私を自分の隊に引き入れやがった。おかげで活躍できて名も売れたが……肩身狭かったぜ、周りは信者ばっかりだったからさ」
 笑い話にしているが、実際の扱いは酷かったのだろう。カサンドラの口ぶりから、どうもイーリスで良い思い出はなかったように聞こえる。
「なんでミネルバはカサンドラを自分の団に? カサンドラって聖騎士だったの?」
 素朴な疑問が新参者のティティから投げかけられる。カサンドラは苦笑いを浮かべてから言葉を続けた。
「ミネルバの団は女性ばかりで構成されてた。だからどうしても重量歩兵が不足がちでね。そんな理由もあって、パワーアタッカーの私に目を付けた……って聞いてる」
 人ごとのように語るその裏には、何かあるのだろう。それこそ、ミネルバがカサンドラを求める何かが……。
「あと、私はそれで聖騎士になった訳じゃない。聖騎士団とは言っても、私みたいな歩兵戦士も沢山いた」
 単純に「名前の響き」が良いから聖騎士団と呼ばれていただけで、実態はごく普通の兵団と代わらなかったらしい。女性だけの団だったのも、見栄えや響きの良さを狙ったところが大きかったらしく、武勇の神ハーニアスの軍団であること、そんな形や見栄、威厳にこだわったから負けたのだと……辛口な評価をカサンドラは下した。
「もしかしてさ、ミネルバってレズぅ? だから女性のみっていうのにこだわったんじゃないのぉ?」
 ケラケラ笑いながらシーラが尋ねた。むろんその態度から、彼女は冗談のつもりだったようだが……カサンドラは顔を曇らせた。
「……言い寄られたことはなかったし、少なくとも戦争中はそんな噂もなかった……んだけどなぁ」
 なんだよ、その歯切れの悪い言い回しは……。
「私な……ミネルバにサシの勝負で勝ったことがある。それからかな……ミネルバが私に親しく接するようになったのは。あの頃はまだ戦争中だったし、勝負もちょっとした試合みたいなもんだったし……私は気にとめてなかったんだけど」
 とりあえずミネルバの中では何か特別な感情がカサンドラに向けられた可能性はある……と。なるほど、そりゃ確かに顔を曇らせたくもなる。自分を負かすほどの実力があるなら、ミネルバが配下に欲しがるのもうなずけるが、その一方でシーラが口にしたレズ疑惑も否定しきれないか。
「それは判るが……なんだってミネルバのことをそんなに話したがらなかったんだ?」
 思わず疑問を口にしてしまった。この程度なら、特に言い辛いことは無いと思うんだが……。
「……言い寄られたことはないんだ。言い寄られたことはな……」
 ……ちょっと待て、それってつまり……。
「そう言えばカサンドラは、レイリー様の眷属になる前から「両刀」でしたっけ?」
 セイラの問いかけに、カサンドラは頭を掻きながらばつの悪そうな顔をする。
「あんまり親しげに来るからさ、だったら抱かせろって……聖職者だからって断られたが、私も結構しつこく迫ってよ……結局抱いたことはなかったけど」
 まったく……言い辛かったのはそれか。呆れてしまったが、まあカサンドラらしいといえばそうか。けれど、言い辛かったのはもっと深い理由があった。
「洗脳されかけた時……あの時さ、ミネルバの奴……なんなら、今度は抱かれても良いぞとか言いやがって……その時動揺しちまって……すまないレイリー、こんなことで私……」
 恥ずかしかったのではない、恥じていたのだ。そして辛かった……俺への忠義と愛情を誓ったカサンドラにしてみれば洗脳されたこと自体も、その切っ掛けも、俺への裏切りだとカサンドラは思ったのだろう。義理堅い彼女らしい。
「気に病む事じゃねぇだろ。お前は俺の眷属。俺はお前の主。ミネルバをどう思おうが、それは絶対に変わらない。そうだろう?」
「……ああもちろん。そして私が一番愛してるのはレイリー……ご主人様だ。これも変わらない、絶対に」
 誓いを新たに、カサンドラは熱く俺を見つめる。ま、それを真っ直ぐに言えるなら問題ない。
「それにしても……」
 エリスが含み笑いを交えながら言い放つ。
「楽しみが増えましたわね。ミネルバを私達の仲間として迎えられましたら、存分に可愛がってあげましょうね、カサンドラ」
「嫌味かよ……だが確かにな。コケにまでしてくれたんだ……たっぷり可愛がってやる」
「その時は是非、私も参加させてくださいませ。あの様な方が苦悩に顔を歪める様を是非間近で拝見したいですから」
「それでたっぷり前から後ろから、よがらせてやろうね。ヒヒ」
 セイラやシーラまでもが、妄想にふけ始める。まったくお前らは……まず先に、俺がヒィヒィよがらせるんだって事を忘れてないか?
 さて……その妄想を現実にするための舞台が、いよいよ眼前に迫ってきた。金色の7番街……そのシンボルでもある闘技場が見えてきた。
 あの闘技場もまた、カサンドラにとっては因縁の場所。そしてセイラにとっても、彼女が裏切ったローエ信徒達が待ちかまえる場所でもある。
 いよいよだ……さぁて、ミネルバは何を仕掛け、そして何をするつもりなのか……全てを暴き、そして全てを奪ってやる。

拍手する

戻る