第7話

 俺達は、大きな問題をいくつも抱えていた。
 まず一つは、ミネルバの件。彼女をどう捕らえ、そして眷属にするのか……その方法もさることながら、彼女を眷属にするだけの実力が今の俺達に足りないという現実的な問題。方法はまだしも、力を付けるだけなら悪党狩りを多くこなして悪党どもから精力を奪っていけば良い。だがそんな悠長なことを言ってもいられなくなった。それがもう一つの問題……ミネルバ達の企みを知ってしまったということ。
 知ってしまった、という言い方には語弊があるが……しかし知ったことによって悩みが増えたのは事実だ。ミネルバ達の企みを阻止するのかどうか。その答えによってはまた更なる選択肢が用意され、その先にもまた選択が……と、無数にある可能性のどれをチョイスすべきなのかに、俺は今頭を悩ませている。
 よく考えを練るために、一度自分で整理しよう。まず彼女達の企みからだな。ミネルバの右腕……見方によってはミネルバ「が」右腕なんだが……彼女とつるんでいる四本腕の悪魔、グラブレズゥ。下等デーモンと違い、ゲルガーという固有名を持つような強力なデーモンが、自分の部下を使い「戦力」をかき集めている。そいつの部下で、今は俺の可愛い使い魔となったシーラの話によれば、各所で確保した戦力を「金色(こんじき)の7番街」に集結させているらしい。その目的までシーラは知らなかったが、金色の7番街は闘技場で有名な街。グラブレズゥが破滅を好むデーモンだと言うことを考えると……自ずと、何をしようとしているのか予測するのは簡単だな。
 この企み、放っておけば赤の13番街のような国家レベルの惨事になるだろう。そんな企みを知ってしまった俺は、さてどうするのが得策か?
 まず考えられる選択は……知らなかったことにして放っておく。むろんこれは却下だ。人道的なことはさておいて、手に入れようとしている女が動き出すんだ。それを見逃してどうする。というわけで、阻止するかどうかは別の問題として……首を突っ込むしかない。
 次の選択。ではどの程度首を突っ込むのか。奴らの企みを阻止するだけなら、役人にでもタレ込めば良い。それで役人達がキチンと動き出すかは非常に疑問だが、奴らの尻を叩くのにエリスや師匠の人脈を活用する方法だってある。故にこの事件を迅速に対処したいなら、タレ込むのが一番だ。迅速に国家レベルの力が動けば、流石にミネルバだって計画を変更せざるを得ないだろう……が、しかしこれは却下。こんな事をしても、俺達には何の得にもなりはしないんだから。得どころか、ミネルバの手がかりを失う損失すら出てくる。それでも多くの人達を危険に巻き込むよりは……とか、そんな人道を淫魔や吸血鬼に問うのは愚の骨頂。そうだろう?
 となれば、選択としては「自ら阻止する」というのを選ばざるを得ない。とても危険だがな。さて、ではその危険を出来るだけ押さえて、奴らの企みを阻止しつつミネルバを手に入れるにはどうすれば良いか……悩むべきはここだ。
 企みを阻止するのに問題なのが、舞台となる金色の7番街そのもの。俺はこの街を詳しく知らない。しかし幸いなことにエリスがかの街を訪れたことがあり、さらにはいくつか人脈もあるとか……流石は元悪徳領主夫人。闘技場で行われる「催し物」には多くの成金がこぞって集まるのだから、彼女が闘技場に詳しいのも頷ける。
 だがその一方で……セイラも闘技場に人脈があったってのも「問題」だ。彼女の人脈とはつまり、邪神ローエ……苦痛と苦悩の女神ローエの信徒達。奴らもあの闘技場に絡んでいるらしい。ローエ信者に成金が多かったのも、実はこの辺りに関係があったようで……もし、もしもだ……あの邪教徒とミネルバ達が手を組んでいたら……なんにしても、そのあたりを調査する必要があるな。
 思っていたより街の情報や人脈を手に入れられそうだが、その一方で知るべき情報が思っていたよりも多いってのも悩ましい。なんにしても……虎穴に入らずんば虎児を得ず、か。あの街に行くしかなさそうだ。対策は街で色々情報を集めながら立てていくしかない。
 街に乗り込むなら、また全員で行くしかないな。この辺りは……エリスと師匠に任せるか。色々「表向き」の理由とか立ち回りとか、滞在先の確保だとかも含め全てを。だからここは俺が悩む事じゃない。
 悩むべきは、乗り込んだ後だな。当たり前だが、俺達があちらの街に乗り込んだらその事をミネルバ達に知られるだろう。こればかりは隠密に行動しようとするよりもバレることを前提に、むしろ堂々と乗り込んだ方が動きやすそうだ。ただもちろん、バレることを前提にあれこれ対策も取らないといけない。俺達が乗り込んできたからって彼女達が計画を中止したり延期したりするようなことはないだろうし、充分に対策を立てていけば予測できる危険くらいは回避できるさ……たぶんな。
 後は……カサンドラか。彼女とミネルバとの因縁もだが、あの街……闘技場とカサンドラにも因縁があった。それを彼女は話してくれたが……それを聞いて、また悩みが増えたよ。可愛い眷属のために、彼女の因縁もどうにかしてやりたいが……こればかりは、行ってみないことには判らないな。
 そうそう……悩みって言えばよぉ、その因縁を俺に話す時彼女はこう言ったんだ。「愛するご主人様のためなら」ってね……あの一件、シーラを手に入れた時の一件以来、カサンドラは俺への「愛情」を隠す事を止めた。止めてしまった。それに釣られセイラやアヤはもちろん、あの場にいなかった姉妹や母娘まで……露骨に愛情を表現するようになってきた。俺達は半分は淫魔だから、どこかで「愛」ってものを口にするのを躊躇っていた。口にしたら主人と眷属という立場が崩れそうな気がしてたんだよな、俺達はみんな。まあ結局、その躊躇いが取り払われたことで俺達の関係はより強固になったような気はするんだが……しかしやはり、愛は禁句だったと思う。少なくとももうしばらくは。それが俺の、「今現在」抱えている大きな大きな悩みだ。
「はぁあん、ご主人様ぁ……ん、いい、ご主人様の腕……気持ちいい」
「ん、ピチャ、クチュ……ご主人様の指、足の指美味しい……」
「いかがですか? ご主人様。私の胸は? ん、胸、ご主人様の背中にこすりつけるだけでも……いっ、逝けますぅ!」
 俺の腕を手に取り跨ぎ、股間にこすりつけてオナニーしているカサンドラ。足の指を舐めながらやはりオナニーしているアヤ。そして背中に乳房を押しつけ、その乳房だけでオナニーしているエリス。俺からは一切手を出さないが、俺に直接触れてくる三人。そして肝心要の肉棒は……。
「はふ、ん、チュ、ベロ……んふ、ん、美味しい……美味しいです、ご主人様」
「うん、美味しいねアリス姉ちゃん……はむ、ん、クチュ、チュパ、チュ……おいひ、おいひぃ」
 サイドからアリスとリーネが奉仕している。ようは、五人がかりでの全身マッサージ状態。まあ複数人をいっぺんに相手するハーレムプレイならではといえばそうなんだが……これまでは、この手のプレイはほとんど行わなかった。これって優越感には浸れるが、実質的には女達が好き勝手にやってるだけで……俺主導じゃないんだ。むろん気持ち良いが、なんというか……女一人を「味わう」というより女達を「愛でる」という感覚に近く、荒ぶる官能を楽しめない。まあ……好きだけどさ、こーいうのも。
 なんでこんなプレイが続くようになったのか……その答えは、「愛の解禁」にある。
「あぁあ! ご主人様……ん、ご主人様に触れて貰えるだけで、ん、逝ける、逝けるぅ!」
「指……ん、指でも興奮します私……ん、美味し、愛してるから、美味しいの……」
「愛しき我が主……ご主人様ぁ……ん、背中、ご主人様の背中……触れるだけで乳首からミルク出ちゃう、んぁあ!」
「ん、なっ、舐めてるだけで逝っちゃう……逝く、アソコ触らないでも、ご主人様のに、舌、クチュ、舌で、触れるだけでも、ん、ピチャ、んあ!」
「わっ、私も……ん、オチンチン、ご主人様のオチンチン、これ、これに触るだけで、私もう何回も逝ってる……んあ、また、きちゃう、チュ、クチュ、い、ふあ、んん!」
 各々が軽く頂点を味わい、そしてすぐに繰り返したり、あるいは他の者と交代したり……どれだけ続けていることか。
 切っ掛けは、生粋の淫魔であるシーラの「講義」にあった。
 半端な淫魔である俺達にも淫魔としての本能がある。しかし本能だけでは学べないことも多く、特に自分や魅了した相手なども含めた性欲と感情のコントロール方法なんかは学ぶべき事が多かった。そしてこれが、この状況を作っている。
 淫魔は全ての感情を性欲へと昇華……昇華? 堕落とも言えるが……とにかく、感情を性欲へ変化させられる。例えば痛みを快楽へ変換するといったSM的なことから、憎悪を性欲に変えてしまうような高度な事も、操る淫魔に力があれば可能なのだとか。そもそも魅了の力はこの感情変換の基礎のようなもので、同じ力でも基礎が判れば魅了の効力は幅を広げられる。憎しみを性欲へ変化させ、性欲から生じる愛情の「誤解」をコントロールしてしまうとか……ここまで出来るのは相当高レベルな淫魔だけだが、その基礎は本能だけでは学べなかった。シーラの講義は俺達半端者にとって非常に助かる。
 だがこの基礎能力は、自分達の感情をも性欲に変換できるところが肝で……そう、今彼女達は俺への「愛情」を性欲に変換し、そして盛り上がる性欲をまた愛情に変化し……それを繰り返して快楽を得ている。愛情と性欲は似て非なる感情だが、近しい感情であるのは間違いない。だからコントロールに関しては初心者である俺や彼女達ですら簡単に愛情で逝けるようになれるんだ。間接的な関係にあった愛情と性欲をダイレクトに結びつけた、そんな感じだ。そんな状況での「愛情解禁」だから……まあ、こうなるのは必然って訳だ。
 恋する乙女は、恋する相手の些細なことで胸をときめかせるだろ? そんな小さな喜びも性の悦びに変化させるんだから、彼女達はとにかく俺に直接触れる事を望んでくる。これまではとにかく気持ち良ければ相手が「仲間」であれば誰でも良かった。それは今でも変わらないと本人達は言うが……なにせ愛情解禁したばかりだから、自由になった心を快楽にしたいんだよ。その気持ちは判るが……俺が辛いんだ、この状況。
 俺だって、彼女達が好きなんだよ。愛してるんだよ。その感情を快楽に変化できるのを知ってしまったから……無意識に変化させてしまうんだ。こうして彼女達に触れられるだけでものすごく気持ちいいんだ。本来なら、俺だって何度も逝ってるはずだ。しかし眷属達の主として、ハーレムの主として、白濁液をずっと垂れ流し続けるような真似は出来ない……出すなら膣の中がいいんだが……そうすると、今度は眷属達が俺の肉棒を取り合うことになる。それをなだめるのも、コレはコレで色々と疲れるしな……まあ最終的には絶対そうなるんだが。というか、そうなるように彼女達が俺を誘導しているようなものだからな……我慢できずにもう何度か出しているが、その度に精子の奪い合いが起きてるし……幸いなことに、彼女達はそれすらも楽しんで、快楽に変換している。眷属同士の仲間意識も愛情や性欲になっている彼女達は、競り合うことはあっても敵対的になることはけしてない。その点は本当に安心できる。
 この状況、一時的なものだろうとシーラは言う。変換は出来るがまだコントロールに不慣れだから起きる暴走。例えるなら、馬の尻は叩けるが手綱さばきが下手。そんな感じか。もっとコントロール出来るようになれば落ち着くだろうとの事だが……そうであって欲しいな。愛でるだけで逝けるってのは、ある意味究極だが、それが持続しっぱなしってのはなぁ。淫魔らしく、淫行をクールに楽しまないと。
 さて、そんな俺達に淫魔のなんたるかを教えてくれたシーラ先生はというと……
「ひぐぅ! ん、そこ……ふぁああ!」
「あらあら、はしたない声を上げちゃって……生粋のサキュバスであるシーラさんが半端な小娘に虐められて、そんな声を上げちゃうんですか?」
 エリスという座椅子に背を預ける俺の眼前で、SMショーが繰り広げられている。縄で縛られ三角木馬に乗せられているのはシーラ。そのシーラを羽根まで丁寧に縛り上げたのはセイラ。そして幾本にも枝分かれした鞭を手にしてシーラを虐めているのは、今まで攻められる側が多かったフィーネである。
「ハァ、ハァ……も、もっと……鞭、ください」
「なぁに? 本当にはしたないんですね、生粋の淫魔は。私達の方がよっぽど上品だわ」
 口元をつり上げ笑うフィーネ……様になってるなぁ。元々セイラからSMの手ほどきを受け、最近ではエリスに気品を保つ立ち振る舞いを教わっていたフィーネだが、それらを短期間でここまで自分の物にするとはね。純情だった村娘が、今ではボンデージの似合う俺好みの悪女になってくれたよ。
「ねえご主人様……こんなはしたない淫魔なんて、私達の仲間には必要ないですよね? もう捨ててしまわれてはどうですか?」
「そんな! いや、私捨てられたらもう生きていけない……ご主人様がいないとダメなの、だから捨てないで!」
 まったく、俺に振るなよフィーネ。むろんフィーネは露程にもシーラを要らないなんて思っちゃいない。それはシーラにも判っているはずだが、鞭で叩かれ体力を消耗し、まっとうな判断力が低下しているのだろうか、本気で慌て懇願している。いや……シーラも判っていて演技をしているのかもな。自分が今どういう役回りで愉しむべきかを、肌で感じて無意識に感情をコントロールする……それが出来るシーラだから。それが淫魔の愉しみ方だから。
「大丈夫よ、シーラ。ご主人様はあなたのようなはしたない女でも、美しく着飾った女なら受け入れてくれるわ。だから……」
 控えていたセイラがシーラに近づき、胸元へ手を伸ばす。
「ひぅう!」
「ほーら、可愛いアクセサリーでしょう?」
 シーラの乳首に輪っかを挟む。その痛みに、シーラは背を仰け反らせ耐えている。
「ホント、可愛らしいアクセサリーですね。では、私からもプレゼント。シーラさん、受け取ってくださいね」
 今度はフィーネがシーラに歩み寄り、やはり胸元に手を伸ばす。
「いっ、んはぁああ!」
「流石フィーネ、良い趣味してますわね」
「ありがとうございます、セイラさん」
 セイラが付けた輪っかに、フィーネが重しを取り付けた。その重さに乳首を引っ張られ、シーラは更に身を固くし小刻みに震えた。卑猥に笑う二人は本当に楽しげで、そして悲痛の声を上げるシーラは恍惚の表情を浮かべている。
 典型的なSMショーで、とても見応えのあるエロティズム溢れる舞台だよ、本当に。だからこそ……困る。三人とも抱きしめたいほど愛おしいから、それがつまり俺の快楽になってるわけで……そしてもちろん、ショーを演じる三人も同じ。俺に見せている、見られているということに三人は感じているわけで、互いに視姦しあっているようなもの。ああもう……くそっ、我慢できるか!
 俺は立ち上がり、三角木馬へ……シーラへと歩み寄る。俺にまとわりついていた女達は俺を邪魔することなく素早く俺から離れ、そして付いてきた。
 スッと、フィーネが踏み台を三角木馬の前、つまりシーラの正面に用意する。俺は用意されたその踏み台をのぼり、シーラの正面に立った。
「俺からもアクセサリーをくれてやろう」
 ずっとガチガチに固くなったままの男根。それをフィーネとセイラが横から舐め始めた。アリスの小さな手が俺の陰嚢を揉み、ケツの穴に舌を入れているのは……この感触からしてカサンドラか。その脇で尻肉を舐め始めたのは丁寧な舐め方からしてエリスだろう。アヤは相変わらず足の指を舐め続けており、反対側の指をリーネが舐めている。そしてシーラは口を大きく開き、身を震わせ俺からのプレゼントを今か今かと待ちかまえている。
「そら……くっ」
「ああ、ああああ……ん、あっ、んぁああ!」
 大量の白濁液がシーラに降りかかる。顔から胸から、鞭で赤くなった肌を白くコーティングしていく。掛けられただけでシーラは木馬を愛液と尿でグチョグチョに濡らしていった。
「ああ、ありがとうございます……ご主人様……ん、あん! み、みんな……ふぁあ!」
「ん、クチュ、チュ……いいなぁシーラさん。ん、次は私に掛けて欲しいです、ご主人様……ベロ、クチュ」
「だめぇ、次私……ねぇご主人様ぁ、次は私にくださいぃ」
 悦楽に浸っているシーラに群がるアリスとリーネ。降りかかった俺の精液を美味しそうに舐め取っている。
「二人とも我が儘を言わないの。ご主人様はこのままお出しになりたいそうよ?」
「ええ、そのようですねフィーネさん。ん、クチュ、ご主人様……どうぞ我慢なさらず、この忠実で卑しい眷属の口へ、あなた様に愛を誓うこの唇へお出しくださいませ、クチュ、チュパ……」
 俺が出しても舐め続けていたフィーネとセイラもまた、我が儘を言い出す。
「なあご主人様、そろそろ、中出ししたいんじゃないか? 私がギュッと締め付けてあげるからさ、なあご主人様……いいだろ?」
 後方からカサンドラの声。ケツの穴を舐めながら甘えてきた。
「あら、ご主人様は雄々しくたくましい陰茎を、豊満な私の胸に挟まれたいそうですわよ? 何もおっしゃらなくても私には判ります。ご主人様を愛している私には、黙っていてもご主人様の意志がちゃんと伝わるのです」
 俺の腰に胸をこすりつけながら、エリスが勝手な電波を受信した。まあ……次かどうかは別として、挟まれたいとは思うけどさ……
「……みんな勝手すぎる。次は私って、決まってるのに」
 ぼそりと足下で呟くアヤ。うん、君の意見には同意するけどね、前半だけ。
 まったくどいつもこいつも……可愛いなぁチクショウ! しかしどうしようかな……たぶん誰が先でも文句は言わないだろうが、ただ順番に相手をするだけってのも面白くない……俺は喘ぎながらねだり続ける女達の声と感触に包まれながら、悩んでいた。俺が抱える悩みの中で、これが一番の難題なのは言うまでもない。

 金色の7番街は、俺達が住む黒の0番街から馬車で五日ほどの距離。以前セイラを手に入れたときに舞台となった街道沿いの街も経由する。あの時邪神ローエのサバトに参加していた信者達には、黒の0番街と金色の7番街のどちらかに居を構えていた奴が多かった。今更だが、あの森で儀式が行われていたのは信者達の立地的な都合もあってのことだったんだよな。セイラの話だと金色の7番街にはローエ信者が多いってことらしいが……トラブルは覚悟しないとまずいな。
 その他にも考えられるトラブルや必要になる事前の準備を整え、俺達はミネルバの待つ街へと旅立った。むろん、眷属全員引き連れて。準備はエリスと師匠がほとんどを整えてくれたから助かった。エリスはまだしも、師匠まで手を貸してくれるとはね。今回の旅は悪党狩りの仕事ではなく、俺達の都合でしかない旅。つまり報酬は全く期待できないのに……まあ師匠が言うには「場合によってはまた色々方々に「貸し」が出来るでしょ?」とのこと。ある意味未来投資なんだとさ……何処まで本気なんだか、あの人は。
 その他、情報や対策などはある程度は現地で得るとして、出来る限り今集め考えられるものは出来る限り収集し思案した。そしてこれが一番時間を掛けたのだが……シーラから手解きされた、淫魔としての基礎知識学習。感情の変換とコントロールの方法を身につける訓練を全員で行っていた。なにせこれをちゃんと身につけておかないと、ずっと身体が疼きっぱなしで旅にならないからな……それに、これをマスターすれば今まで以上に仕事がしやすくなるのは確か。事前対策としては一番重要な項目だったといえるだろう。
「おかげで、思いがけない「デザート」に沢山ありつけましたわねぇ」
 馬車の中で優雅に微笑むのはエリス。釣られて同じ馬車に乗っている娘と姉妹が笑っていた。
 思いがけないというか……狙ってはいたけどな。山賊や夜盗といったデザートを。その為にわざわざ豪華な馬車を用意したんだから。
 俺達は「エリスとその一行」という名目で街を目指している。表向きは、社交界に顔の利くエリスが金色の7番街で行われるパーティに出席する、というもの。それにならって、姉妹は母娘に使えるメイド、俺を含めた他の五人は護衛として雇われた冒険者、って事にした。もちろんシーラは人の姿に化けているし、セイラもローエ信者の目をごまかすために多少変装というか、服の露出度を下げフードを被るようにしている。このように母娘を除き個人レベルでは目立たないようにしているが、全体的には豪勢な馬車を用いているからそれ相応に目立っている。街道をすれ違う商人や冒険者が何人も、俺達を思わず立ち止まって見送るくらいには。
 そしてこの豪勢な馬車の手綱を握っているのはセイラ。その横に座るのはシーラ。アヤは俺の影に引きこもったままで、外見からは護衛らしい人物に見えるのは個別の馬に跨っている俺とカサンドラくらい。さあ襲ってくださいというお膳立てを整えての旅なのだ。おかげで人気の無い場所や夜時には必ずといって良いほど襲われた。むろん、そんな奴らは全てミイラになる運命になったわけだが。
 ここまでは想定済みなのだが、エリスが言う「思いがけない」とは……今まで以上に悪党を食えたという、摂取率を指している。
 これまでも襲ってくる悪党から精力を吸うために、出来る限り相手を魅了していたが……当然限界があった。戦闘で興奮している相手を魅了するにはそれなりに強い力が必要で、ゾンビパウダーの助力が不可欠だ。だがこの粉を振りまくのにだって手間が掛かり、それをのんびり待ってくれるわけではないから……先行して斬りつけてくる相手はどうしたって魅了する前に倒すことになる。相手の数が多かったり、少なくても分散して取り囲んでいたりすると粉が行き届かないので尚更魅了の効率は下がる。
 しかし魅了の基礎を学んだ俺達は、まず興奮状態の感情をコントロールすることから始めたり、非戦闘員であるはずの母娘や姉妹の協力を得たり、なによりゾンビパウダーの助力を必要としないシーラの活躍があったりで、魅了化がかなり効率よく行えた。おかげでだいぶ精力を摂取でき、力を増すことが出来た。そして量が多ければそれだけ「分け合う」回数も増えるから……淫魔としては良いことずくめ。
 そのはずなんだが……。
「チッ……」
 一人だけ不愉快に舌打ちする者がいる。カサンドラだ。
 カサンドラにとっても悪党を沢山搾り取れるのは良いことなんだが、しかし彼女の場合は戦闘そのものを楽しみたいという欲求が満たされないジレンマに陥っていた。
「こうなったら、強力なトロールとかジャイアントとか……いっそドラゴンでも襲ってこねぇかなホント……」
 それは勘弁願いたいぞ。
「確かこの先……そこを街道から外れて山の中へ進めば、ヒルジャイアントの洞窟があったはず……」
 ヒョイと影から顔を出してアヤが余計なことを言う。
「レイリー、そこ行こうぜ!」
「行かねぇよ!」
 まったく、寄り道なんかしている暇は無いってのに……あっても行かないけど。
「そんなに焦らなくとも、7番街に付きましたら沢山暴れられるでしょう? カサンドラ」
 手綱を握りながらセイラが苦笑混じりになだめた。その横でシーラがケタケタと笑っている。ふむ……シーラはだいぶみんなにとけ込めたようだな。基礎知識を教える立場にあった彼女だが、それでもみんなを見下すこともなく見下されることもなく、対等の関係を築けたみたいで良かったよ。
「あっ、街見えてきたね」
 笑っていたシーラが前方を指さす。見えてきたのは7番街に一番近い宿場町。日が落ちる前にたどり着けて良かった。さて今夜はここで情報を集めてから……英気を養うか。俺達淫魔のやり方でな。

「困りましたわねぇ……」
 宿場町にたどり着いてからもう二時間は経っただろうか。エリスが頬に手を当てながら溜息を漏らしていた。俺も後頭部を掻きながら眉をひそめている。
 泊まれる宿がない。厳密に言うと、馬車を駐められる宿がない。空き室はクオリティを問わなければいくらでもあるのだが、馬車を安全に任せられるような高級宿がどこも埋まっていた。このような場合、普通は街の外に馬車を駐め、付き人に馬車を見張らせるのが常識で、実際そうしている豪商や貴族も既に見かけている。だが俺達の場合……それが出来ない。
「エリス達は宿に泊まって、俺とレイリーで馬車を見張るよ。一応俺達が雇われで、エリスが雇い主って役回りだしな」
「そうやって、レイリー様を独占なさるおつもりですか?」
 どう役回りを振り分けようとも、全員が俺のいるところに来たがる。だから全員で宿に泊まるか全員で野宿するしか選択肢がない……いや、実質的に野宿しか選択肢がなかったんだよ初めからな。これまでも結局は野宿だったわけだし。ただこの宿場町は7番街に一番近いだけあって宿屋の数も多く、多少期待していたんだが……どうもエリスが参加するパーティの出席者が方々から集まってきているようで、目当ての宿が既に埋まっていたって感じだ。
「情報収集だけして野宿だな今回も。エリスとアリス、それからシーラは野宿場所を探しといてくれ。後はいつものように頼む」
 いつものようにとは言っても当然全員が俺と一緒に行動したがるので、毎回組むメンバーを入れ替えてはいるが。エリスとアリスは上品すぎて情報収集に向かないため常に馬車当番。シーラもこの手の行動になれていないため馬車当番が基本。母娘の為に俺とシーラが入れ替わったこともあったが、今回はシーラが当番。そして残り六人を二手に分け町を散策する。今回は俺とアヤ、そしてリーネでパーティを組んだ。

 7番街に近づけば近づくほど、情報も集まるかと少しは期待していたが……これまでたいした収穫はなかった。むろんそれは想定済みというか……妙な噂の一つでも立ってしまうような「ヘマ」をしでかすような連中ではないだろうから。それでも何か小さな突破口はないか、期待はしていた。
「なぁんにも無いですねぇ」
 ふて腐れ気味にリーネが呟く。想定はしていたが、ちょっとは期待していただけにいざ本当に収穫がないと落胆もする。
 俺達は情報収集の定番といえる酒場や冒険者の店、各販売店から賭博場、果ては娼婦宿にまで足を伸ばしたが収穫はほとんど無し。あるとすれば、エリスが参加するパーティに出席する連中がくせ者揃いで、そいつらのスキャンダラスな話はむしろ嫌と言うほど沢山聞かされた。まあ情報と言うよりは噂話のレベルで、信憑性に欠ける話ばかりだったが。
 もし収穫があるとすれば……エリスの評判か。噂の多くは「今度のパーティで誰の懐を狙っているのか」といった感じ。赤の13番街を救ったとしてはいるが、元々評判の良い夫人では無かったからなぁ。次のパトロンを探すために出席するのだろうって噂が流れるのは当然か。ただ思っていた以上にエリスが注目されているのを実感させられたのは収穫か。これが良いことなのか悪いことなのか……それはフタを開けるまで判らない。
「こんなもんだろ……戻るか」
 口をへの字に曲げるリーネの頭を撫でながら、俺はエリス達が待つ馬車へ戻ろうと身体をひねり町の出口へ足を向けようとした……その時だった。
 小さな人影が俺の脇をすり抜けた。町中なのだからよくあることではあるが……妙な違和感を感じる。そしてこの違和感をもっと強く感じていたのは、俺自身ではなく俺の影だった。
「っと、わぁ! なんだこれ……」
「不届き者が……」
 すり抜けた影は、小さな女性……子供じゃないな。ハーフリングと呼ばれる小人族だ。リーネよりも小さいその女性は、まさに走っていますというポーズのまま硬直していた。アヤが影縛りの術で動きを止めていたから。
「主、何か取られた物は?」
 小人に近づきながらアヤが俺に尋ねる。言われて俺は胸元や懐を手で触り……腰にあったはずの小さな革袋が一つ無いのに気付いた。
「アレだ、「あの粉袋」だよ」
「……なるほど、しっかりと握ってますね」
 公に名前を出すのがはばかられる、ゾンビパウダー入りの粉袋。元々すぐに投げられるよう引っ張ればすぐに取れるようにはしていたが、腰にくくりつけていた紐を綺麗に切断していた。ほとんど気付かなかったが……鮮やかな手並みだな。妙なところに感心してしまう。
「なんだよぉ、そんなにたくさんあるんだから一つくらいいいじゃないかぁ」
「数の問題ではない、盗人風情が」
 粉袋を回収しながら、アヤが小さな女性の言い訳を一蹴する。ふむ、良く見ればこのハーフリング……美人だな。小柄ながら身体のラインは細く、しかしくびれがハッキリ判るほど胸と尻が程良く膨らんでいる。顔立ちも整っていて、あまり手入れをしていないだろう散り散りになった赤髪も、むしろチャームポイントに見えてくる。
「この人……見覚えが……」
 まだ動けぬ小さな女性に近づくと、リーネが女性の顔を見て呟いた。そして自分の背負い袋から紙束を取り出し、それを手慣れた手つきで一枚一枚確認しだした。
「手配書で確か……あった、この人だよ」
 リーネは少しでも俺達の悪党狩りを助けたいと、手配書を持ち歩くようにしていた。これは師匠の旦那であるダグが、悪人に店の品を売ったりしないようにする防止策として持ち歩いていたのを見習っての行為。俺はよくやったとリーネの頭を撫でてやりながら、ヒマワリのような満面の笑みを浮かべるリーネから手配書を受け取った。
「ふむ……「小さな手」ティティ……手配書が作られるほどのスリか、なるほどね」
 スリなんて犯罪は日常茶飯事、どんな町でも毎日のように被害が出ている。それだけ、スリを行う犯罪者の数は多く、いちいち手配書など作られることは稀。作ろうにも顔が割れていない事がほとんどだし、割れているようならとっくに掴まっているケースがほとんどで……つまり手配書が出回るスリというのは、顔が割れていても捕まえられない、大物の窃盗犯ってことになる。
「なによぉ、あたしを役人に突き出す気? いいわよ、とっとと突き出して小銭でも稼げば良いんだわ!」
 まったく、不貞不貞しいというか……この状況でまだそんな口を叩けるか。だがそんな所も……
「主!」
 アヤの緊迫した声が響く。そして周囲を警戒し始める彼女に釣られ、俺も辺りを見回した。すると……静かに、鎧を着た戦士が俺達に近づいてきている。表情の全くない、不気味な面持ちで。
「……囲まれてるな。おいおい、町中で何しようってんだよ」
 五人の戦士、全員男か……行き交う他の人々は全く気付いていないようだが、あからさまにこの男達は様子がおかしい。
「……主、この者達、既に操られています」
 なるほど……どうりでこの表情か。まずいな……場合によってはアヤがチャームをかけて穏便に回避できればと思ったが、既に操られているとなるとそれも難しい。感情をコントロールする術は学んだが、その感情を封じられているとお手上げだ。
「ちょっと……なに、どういうこと? あんた達何者なの? あたし「こんな事」まで聞いてないんだからぁ」
 こんな事? 動けないままの盗人がおかしなことを言う。これは……色々、問いたださないとな。ここを無事に切り抜けられたら。
「アヤ、影の中に何人引き入れられる?」
「一人が限界ですが……「小さな女性」なら二人はいけます」
 俺の意図をくみ取り、アヤが的確な返答をする。
「上出来だ。アヤ、二人を頼むぞ」
 男達がいよいよ、剣を鞘から抜き取りだした。流石に気付いた町の人が慌て、甲高い悲鳴も立てられ始めた。
 俺も腰に下げた短剣を引き抜き、構える。そしてアヤはリーネと盗人を抱えながら俺の影へと逃げ込んだ。よし、これで後は……
「くっ!」
 振り下ろされた剣を受け止め、思わず小さく呻いてしまった。そんな俺に構わず背後から襲いかかる剣。それを避け、俺は取り囲んだ男達の輪から素早く抜け出した。
「逃げるが勝ち……ってね」
 俺は脇目もふらず逃げ出した。当然、男達は俺を追いかけてくる。だが重装の奴らと軽装の俺とでは足の速さに差が出るのは当然。難なく逃げ切ることに成功する、が……。
 俺は走りながら、胸元のペンダントを握りしめる。探索と連絡を兼ねたロケーションの魔具を。
「間に合えよ……」
 あの盗人とどう関係があるのか判らないが……俺だけを狙っているとは考えにくい。カサンドラ達はまだしも、馬車の方……エリス達を狙われると危険だ。チャームが使えるならまだしも、使えないとなれば戦えるのはシーラだけ。俺は警告を魔具経由で発しながら、馬車のある町外へと急いだ。

 結論から言えば、取り越し苦労だった。馬車もカサンドラ達も襲われることはなく、また襲われる心配ももうなさそうだ。俺を襲った男達もあれから追ってこないし……どうやらこの騒動はひとまず収まったらしい。もちろん、それで問題解決とは成らないが。
 それに……カサンドラ達は襲われなかったが、実はとうに狙われていた。
「くそっ!」
 カサンドラの懐に忍ばされた、一通の手紙。俺達に接触する前、捕まえた盗人はカサンドラと接触し密かに手紙を届けていた。その手紙をカサンドラは一度目を通し、そしてそのままくしゃくしゃに丸めて地面に叩きつける。俺はそれを拾い上げ、紙を広げ直し書かれた内容に目を通した。
「……味な真似を」
 カサンドラが紙を丸めたくなる気持ちがわかった。差出人はミネルバ……一言、「待っている」とだけ書かれた手紙。あからさまな挑戦状だこれは。
 手紙は一言だけだが、メッセージはいくつも込められている。まずミネルバは俺達の動向を全て把握しているというメッセージ。確かに俺達を監視していなければ、こんな手の込んだやり方は出来ないからな。そしてもう一つは……あの男達だ。どうやって操っているのかは不明だが、こちらのチャームが効かない兵隊を所持しているというアピールをわざわざよこしたのだからな……一度カサンドラが操られ掛けた事があったが、あの時はまだ掛かりが不完全だったからゾンビパウダーとチャームでどうにかなったが……同じ手は使えないと、そう忠告してきたんだよ、見せつけるように。
 黒騎士のメッセージはよく判った。苦々しいほどに。だが……腑に落ちない点もある。
「ね、あたしは関係ないって判ったでしょ? だから放してよ!」
 この盗人だ。アヤに掴まり、今俺達の前で縄に縛られ座らされているこいつの役割は、カサンドラに手紙を届けることであって、俺のゾンビパウダーを盗む事じゃなかった。なのにわざわざ盗みに来て、そしてあの男達の騒動に巻き込まれた。その真相は……判ってしまえば苦笑いしか出ない。
「ちょっと小銭が欲しかっただけなの。まさか掴まるなんて……ね、もう許してよ」
 盗人……ティティはミネルバからカサンドラと俺の顔をイメージビジョン……魔法を使って伝えられたらしい。このどちらかに手紙を届けろと。そして先に見つけたカサンドラへ手紙を届けた後、俺を見つけ……事のついでに、俺の懐からちょいとした小金を手に入れようと指を伸ばしたら掴まったと。なんとも間抜けな真相だ。残念ながら、俺が腰に下げているのはゾンビパウダーや煙玉といった戦闘用の道具だけで、金や宝石の入った袋はすられないよう目立たない懐に隠しているさ。そうだろう? どう考えたってスリに狙われるのは承知済みなんだから。目立った馬車を護衛してきた冒険者なら金を持ってそうだと思われるのはね。
 ただ……気になる点はまだ残っている。
「ティティ、どうしてミネルバはお前に頼んだんだ?」
「知らないわよそんなこと……こっちはお金になるから雇われただけ。ギルドを通した正式な依頼だったんだから」
 彼女の所属する盗賊ギルドは7番街にある。手配書が出回っていながら彼女が掴まらないのは、彼女が盗賊ギルドに所属している事が理由として大きい。それを彼女も十分承知しているからこそ、ギルドを通した仕事は極力断らないのだとか。そもそもミネルバが何者か知らないし、断る理由がティティには無いし。それは判るが……なぜティティなんだ? それもわざわざギルドを通して……あの男達のようにティティを操らなかったのはどうしてなんだ?
「もういいでしょ? 知っていることはみんな話したから。このままあたしを返さないと、ギルドが黙ってないよ?」
 とうとう脅しに出たか……にしても、陳腐な脅しだな。
「ギルドは仲間を大切にするとは聞いている。だが不用意に面倒を引き起こすような事もしないだろう。たかだかスリ一人のために、ギルドが動くと本気で思ってるのか?」
 手配書が出回るほど凄腕の盗賊ではあるが、勝手にドジを踏んだ奴の仇をわざわざ取りに来るってのは疑問だな。こいつが幹部クラスってんなら判るが、もし幹部クラスなら、目先の小銭にわざわざ飛びつかないだろうよ。
「レイリー、まどろっこしいよ。どうせ「やる」事は決まってんだ。とっととやっちまおうぜ」
 カサンドラが苛つきを隠さぬままに言い放つ。その物言いに、ティティは震えだした。
「ちょっ、ねえ……こんな小者を殺したってなんにもならないよ? ね、助けてよ……助けてくれたら、あたしがため込んでた宝石とかあげるから……お願い、見逃してよぉ」
 命乞いを始めるティティだが……まぁ勘違いしても仕方ないな。そりゃカサンドラが「やる」って言ったら殺せって聞こえるよなぁ。もちろんカサンドラはそんなことを言っているんじゃない。
「ご主人様。どうせなら私が教えた事を「実戦」で試してみたら?」
 ニヤニヤと笑いながらシーラが進言する。どうやら新しい「仲間」が出来ることが愉しくてしょうがないらしい。シーラだけじゃない、眷属達はみんないやらしい笑みを浮かべている。カサンドラですら、この先のことを考え機嫌を直しているくらいだ。
「そうだな……よし、やってみるか」
 俺はアヤにティティの縄を解くよう指示を出す。ひとまず命は助かったと安堵しているティティだが……本番はこれからだぜ、小さな眷属候補ちゃん。
「お前が俺から盗んだコレ……なんだか知ってるか?」
 知らないだろう事を承知の上で、俺はティティの視線に合わせるように屈み、袋から粉をつまみ出しそれをサラサラと落とす。細かな粉はまっすぐには落ちず、空に舞い、そして俺の息に運ばれ……ティティの顔に掛かる。
「ケホッ、ケホッ……なにすん、の……よ……」
 咳き込むティティが抗議の声を上げるが、その声はか細くなり、途切れてしまう。
「ゾンビパウダーっていう怪しげな粉薬だ。効果は……もう体験済みだな」
 俺達の魅了効果を高める必須アイテム。同姓相手ならゾンビのように簡単な命令を聞かせることが出来るようになり、異性なら魅了してメロメロにしてしまう。だがこの粉はあくまで俺達の力を補助するための物であり、この粉自体にそんな力はない。だからティティが盗んだところで、買い手はまず見つからなかっただろう。
 ここでいつもなら、完全に魅了して操り、血を吸ったり性交したりしてしまうんだが……シーラの提案通り、学んだ淫魔の基礎知識を実戦で復習してみることにした。
「ティティ、俺の声が聞こえるな?」
「はい……聞こえます……」
 簡単に言ってしまえば、ティティは今催眠状態にある。そしてこれから行う感情コントロールも、催眠術に非常に近いやり方だ。
 通常のチャームは手早く相手をコントロールするものだが、これから行うのはその後、チャームの術が切れても魅了し続けさせる方法。俺達が知らなかった、淫魔の基礎知識に基づく魅了による「洗脳」だ。催眠状態にし相手の心を操りやすくしてから、感情を操り、変化させ、そしてコントロールする……そうやってじっくりと魅了という洗脳を施していく。
「この粉袋は見覚えがあるね?」
「はい……」
「この粉袋は、どうしたのかな?」
「なんか……チョロそうな男から……盗りました……」
 チョロ……んん、俺が動揺してどうする。
「その男を見つけたとき、どう思った?」
 ティティの中で、好奇心や物欲といった感情の「波」が揺れる。俺はその波の波長をすかさず「快楽」へとすり替えた。
「んっ!」
 ティティがピクリと反応を示す。上手く変換できたようだ。
「どう思った?」
 念を押すように、俺は再度問いかける。
「……興奮……しました……」
 人は何かを行う際、感情が揺れる。例えばスリをしようとするときは……興奮、好奇心、物欲、背徳感、恐怖……人により様々だが、沸き立つ感情はけして一つではない。スリに手慣れた彼女でも、スリをしようとすれば僅かでも高揚する。その高揚、興奮はそのままに、他の感情を快感に切り替えたのだ。
 俺を見つけてスリをしようとしたティティは、興奮し快感を得た……それがどういう意味なのか……沸き立つ感情が思考力に働きかけ、想像させ、それを正当化していく。俗に言う吊り橋効果……恐怖による高揚を恋愛の感情と勘違いしてしまうという効果。これに似た現象を、俺は淫魔の術で強引に起こしているのだ。
「どうして興奮したのかな?」
「それは……」
 思考し始めると同時に沸き立つ戸惑い。理解できない感情を整理しようとすれば、戸惑うのも当たり前……そしてその戸惑いを、快楽に変える。
「んあっ!」
「どうして興奮したのかな?」
「きっ、気持ちいいから……」
 整理できないまま、沸き立った……変換させられたその感情を口にする。
「どうして、その男を見つけたら、気持ち良くなったのかな?」
 あり得ない現象を、経験から基づく思考で強引に整理しようとする。もちろん何度も沸き立つ困惑はキチンと快楽へと変換している。
「すっ……好き、だから……」
 俺は納得いく応えに思わずにんまりと微笑んでしまう。
 快楽を感じるということの意味。普通に考えれば、その対象物を気に入っている、好意を持っている……好きなんだと、思うだろう。まさか感情を操られていると、自分の感情を疑うような思考は通常持ち得ないから。
「その男が好きなのか?」
「はっ、んぁ! はい、好き、で、んっ! す……」
「一目惚れ?」
「そ、そうで……んぁあ! ハァ、そうで、す……」
「その男の子とを考えるだけで、気持ち良くなるの?」
「はっ、はいぃ! ん、き、きもち、いい、です……ぅあぁあ!」
「今もその男の子とを考えて気持ちいいんだ?」
「そ、そうで、すぅう! ん、ハァ、ハァ、き、きもち、いい、ですぅう!」
 質問される度に、正常な感情へ戻ろうとする困惑や疑心感を全て快楽へ。何度も繰り返す内に、全く異なった感情が芽生えてきた。それは当然……恋愛、愛情。もちろんこの感情は変換せずに膨らむままに任せている。
「質問を変えよう。君の大好きな男が、実は淫魔と吸血鬼のハーフだってことは知っていたか?」
 沸き起こった感情は戸惑いと恐怖。なるほど、やはり俺やカサンドラの正体は聞かされていなかったのか。
 突然告げられた真実に恐れ始めるその感情も当然、快楽へ。もうティティの心はグチャグチャになっているが、それを彼女が自覚することはなく、またグチャグチャながらも思考はそれを正当化しようとするため、気が狂うようなことはない。ただただ、偽りに変えられていく感情を強引に思考が正当化し、それを真実として受け入れていくだけ。
「知りませんでした……」
 息を荒げながら応えるティティ。淫魔に吸血鬼……おおよそ良いイメージであるはずのない両者。ティティも当然嫌悪感を持っていた。だがそんな感情も快楽に変えられてしまえば、認識が改められてしまうのは当然。
「淫魔や吸血鬼と聞いて、興奮してる?」
「はい……」
「どうして?」
「それは……んぁあ! す、好きだから……」
「好きなんだ」
「は、はい……んぁあ!」
「自分が淫魔や吸血鬼になりたいと、思う?」
「淫魔……んぁ! な、なりたい、なりたい、で……す、ハァ、ハァ……」
「誰の手で、淫魔や吸血鬼にして欲しい?」
「あ、あの人……あの人、好きな、大好きなあの人、あの人にぃ! ん、あた、あたし、なり、なのたい……淫魔、吸血鬼……ん、ふあ、はぁあああ!」
 背を反らし、ビクビクと身体を震わせるティティ。感情が身体に作用し、逝ったようだ。
 さて、これで一通り彼女の心に「下地」は出来た。逝ったことで術としてのチャームは切れたが、刻みつけた俺への感情は彼女の「正常な」思考の元、もう消えることはない。
「ティティ……大丈夫か?」
「ふあ……は、はい……」
 何が自分の身に起きたのか、理解できていないだろう。粉を吹きかけられてからの記憶は飛んでいるが、しかし……見上げるティティの頬が真っ赤に染まる。記憶は飛んでいるが、刻まれた感情はハッキリと表れている。
「さて……そこまで言うなら、もう許してやろう」
「えっ……」
 散々命乞いをしたティティは、その通りになったというのに戸惑っている。
「もういいぞ。どこともなく失せるが良い」
「あっ、あの……」
 目を泳がせ、どうするべきかを思案するティティ。くっくっくっ……いいね、こういうのも。さて、このまま放っておくのも可哀想だな。ちゃんと手を差し伸べてやるか。彼女が心の底から願う「感情」をちゃんとくみ取ってやるためにな。
「ただそうだな……一つ提案なんだが」
 救いを求める目が、食い入るように俺を見つめる。
「俺達は今、一人でも多く「仲間」が欲しい。君が望むなら俺達の仲間に……」
「なります! な、仲間、あたしを仲間にしてください!」
 こちらが言い終える前に食いつくティティ。もう興奮状態に陥っている……想像以上の効果だな。
「まあ待て。仲間といっても……俺は淫魔にして吸血鬼。仲間になるということ……」
「なります、あたしを淫魔に、吸血鬼に、して、してください! ハァ、お願い、お願いします!」
 元々せっかちなのか、植え付けた感情がせっかちにさせているのか……うーむ、もうちょっとこのくだりというか、ムードを楽しみたかったんだが……まあ仕方ないか。
「判った判った……だけどな、仲間になるには条件がある」
 思い描いていた雰囲気は楽しめなかったが、これはこれで別の愉しみ方が出来るな。俺は口元をつり上げながらその条件を告げる。
「淫魔になるためには、「淫乱」の素質がないといけない。ティティ、君は淫乱か?」
 先ほどの洗脳で、淫魔には成りたいと強く願ってはいる。しかし淫乱かどうかと問われれば……さてどう答えるのかな?
「あっ、あたし……エッチなことは、その……」
 真っ赤になって俯き、しばらく悩むティティ。だがすぐに顔を上げ、潤んだ瞳を俺に向けながら口を開いた。
「ドジって掴まったときに身体で許して貰ったり、盗みに入るために門番や警備の奴らを誘惑したり……そんなことはしてきたから、いっ、淫乱、ですよね?」
 へぇ、小さな身体でそんなことをね。なるほど、手配書が出来るほどに顔が知れた大物ってのは、そんな事もやっていたからなんだろうな。
 相手はおそらく同族よりも人間が多かったろうに……むしろ人間相手……特にロリコンには「うけ」が良かったかも知れない。小柄なのに美人である彼女は、同族からは成熟した女性、人間から幼女として愛されただろう。
 ただ、じゃあ彼女は淫乱かというと……違うよな。性交を快楽のためではなく手段の一つとしているだけなのだから。美人であることを自覚しながら、それを盗みに活用するか……ふむ、中々気に入ったぞ。そんな彼女を本物の淫乱にしてみるのは一興だ。
「ではそれを証明して見せてくれ」
「しょ、証明……」
 つまり誘惑しろ、と言っている。彼女はすぐさま「しな」を作り、俺の足にもたれ掛かる。
「ん、ねえ……あたしね……ここ、ここの中に、とぉっても興味あるんだ……」
 彼女から見て目の前。俺の股間に小さな手を添え、ゆっくりと動かしていく。そして俺を見上げながらニッコリと微笑んだ。なるほど、こうやって誘惑していたのか……なかなかにそそるが、しかしその辺の男ならまだしも、俺に対してこの程度では不十分だな。まあ本当に淫乱なわけではないのだから、痴女になれと言われすぐに出来る物でもないか。
「リーネ、手本を見せてやれ」
 背格好の近いリーネに、俺は命じた。リーネは大輪のような笑顔で頷き、スカートをたくし上げながら俺の前で座り込む。
「見てください、ご主人様。リーネはいつでもご主人様にしていただけるように、普段から何も履いてません」
 スカートの中はノーパン。股間が直ぐさま露わになっている。リーネはむき出しの股間に指を添え、クチャクチャと音を鳴らし始めた。
「ん、判る? もうこんなに濡れてるの……リーネはご主人様の側にいるだけで、こんなになっちゃう、とぉってもいけない娘なんですぅ。ね、だからぁ、ご主人様の……くださいぃ」
 ティティに対する見本……という名目だが、当然リーネは本気だ。むしろティティよりも先に俺にして欲しいと、強請っている。
「あっ、あたしだって……」
 慌てたティティはリーネの横に並び、そして急いでズボンを下ろし下着を脱ぎ、下半身裸のまま座り込んでオナニーを始めた。
「あなたのこと見たときから……濡らしてたの。一目見ただけですっ、好きになって……んっ! だから、ね、だから、お願い、あたしを、あたしを仲間にして、ね、いれ、入れてぇ!」
 もちろん見たときから濡らしていたなんて、そんな事実はない。しかし彼女は先ほどの洗脳中に濡らしていたのは事実で……刻みつけた俺への感情とあいまれば、彼女の言っていたことが彼女にとっての「真実」となる。
「ご主人様ぁ……ん、はぁ、ね、ほら、こんなになって……ご主人様の、待ってるの。だからぁ、入れて、ん、嵌めてぇん!」
「あ、あたしも、こんなになって、ん、ダメ、もう、入れて、嵌めてくれないと、気が、気が変になっちゃう、ね、嵌めて、嵌めて、そして淫魔、淫魔にぃ!」
 なりふり構わず本格的なオナニーを始めたティティ。それに対しリーネは余裕の笑みを浮かべながらティティを愉しげに見ている。いいね、なかなかの淫乱っぷりじゃないか。感情の暴走が引き起こした一時的な淫乱とはいえ、俺を満足させるには充分。
「あ、ああ……」
 ゆっくりと歩み寄る俺を、ティティが歓喜し迎える。念願が叶う瞬間を、心待ちにしていた。
「はめ、嵌めて、くれる……ん、くぁ、んぁあああああ!」
 使い込んでるのは確かなようで、思っていた以上にすんなりと俺の男根を飲み込んでいくティティの膣。だが俺を迎え入れたティティは、その膣をギュッと固く締め付けながら背を反らして……逝ってしまた。
「入れただけで逝ったか……なるほど、淫乱だな」
「は、はい……嬉しい、いっ、淫乱だって、淫乱、淫乱なの、あたし……ん、だから、して、淫魔、淫魔に……吸血鬼に、ね、して、ん、ふぁ、あ、ん、あっ、あぁあ!」
 言われるまでもない。俺は彼女が「心から願う」その思いを叶えてやろうと、遠慮せず激しく腰を振る。
「ひっ、くる、きてる、いい、きもちいい……ん、ふぁ、こ、こんなに、きも、きもちいい、はじ、はじめ、て、ふぁ! い、いんま、いんま、すご、すごい、いっ、いぁあ!」
 半ば譫言のような喘ぎ。だらしなく口を開き、涎を垂れるがままに放置している。小さな身体をガクガクと揺らされながらも膣をギュッと締め付け、俺から与えられる「本物の」快楽を全て受け入れていった。
 ふと周りを見渡せば……眷属達も各々オナニーを始めたり互いに絡まったりしているじゃないか。視線は常にこちらへ向けながら。まるで新しい仲間を向かえる儀式……サバトのよう。
「ティティ、そろそろ……淫魔に、そして吸血鬼にしてやるぞ……」
「ふあ、ん、い、いん、ま、やっ、う、うれし、いん、いん、ま、きゅうけつ、き、きぃい! んは、ん、や、やっと、なれ、ふあ、すき、い、これで、すき、すきな、すきな、いん、いんま、あは、ふぁ、ん、なれ、なれ、んぁ、い、いい、きもち、きもち、い、いい、いい、いく、いく、いく、いく、いっ……かは……あ、ああ……」
 念願の白濁液をティティの奥底へと流し込みながら、小さな身体を持ち上げ愛らしい首筋に牙を立てる。よりいっそう締まる膣の圧迫を感じながら、新たな眷属を誕生させた。
「ふぅ……」
 ゆっくりとティティを寝かせ、そして彼女から肉棒を引き抜く。抜かれた俺の男根に、側でずっとオナニーしていたリーネが綺麗にしようと舌を出して近づいてきたが、俺は待てと手でそれを制する。少し不満げな顔をするリーネだったが、俺の視線の先……ティティを見るとその顔も綻ばせ、素直に下がって指示に従った。
「ああ……ん、あ……」
「どうだ? 念願の淫魔と吸血鬼……俺の眷属になれた気分は」
 ゆっくりと身体を起こすティティ。まだ顔は惚けていたが、徐々に意識を取り戻すと顔も引き締まり……しかしまただらしなく歪んだ。
「幸せ……幸せです。こんな気持ち……初めて……」
 幸福に満ち足りた笑顔を俺に向け、偽りのない……少なくとも彼女の中では揺るぎのない確かな気持ちを素直に打ち明けた。
「よし。ではティティ、お前の忠義と愛を、お前なりの言動で示してみろ」
 少し思案した後ティティは立ち上がり、ベットリと濡れた俺の男根を小さな両手で握りながら応える。
「ティティは盗賊の癖に、ご主人様に全てを奪われました。だからこれからも、ティティを「ツール」みたいに使って良いから……愛してるから、側に置いて……」
 ツール……道具ね。彼女の言うツールは、この場合シーフツール……盗賊が盗みに使う七つ道具の事だろう。なるほど、彼女らしい表現だな。
「よしよし、よく言えたなティティ」
 子供をあやすように頭を撫でてやると、ティティは嬉しそうに目を細めながら、小さな手を動かし始めた。
「はい、そこまで。もう良いでしょ? ご主人様。リーネにご主人様のを綺麗にさせて、ねぇ……」
「ダメ! これはあたしが、あたしが汚したんだからあたしが綺麗にするの!」
 おいおい、もう奪い合いかよ……って、気付けば周囲には他の眷属達も……
「さぁて、無事仲間になったことだし……俺のことをコケにしてくれた礼をしてやらないとなぁ」
 ヒョイと、不意にカサンドラがティティの身体を軽々と持ち上げた。手足をばたつかせ抵抗するティティだが、もちろんその抵抗は微塵も受け入れられない。
「早速歓迎会ですわね。さぁ小さなお嬢さん、ご主人様のお役に立てるよう、まずは鞭と蝋の「味」を覚えましょうか」
「おっ、それ良いなセイラ。俺に鞭やらせろよ」
「嫌、ダメ! し、死んじゃう、絶対死んじゃう!」
 加減をしても危なそうだよなぁカサンドラじゃ……まあ、セイラがいれば安心……だよな?
 にしてもなんだ……思わぬ拾い物だった。ミネルバに挑発されたのは面白くないが……結果としてティティという盗賊を手に入れ、そして淫魔の能力を実戦で復習できたのは大きい。彼女がいれば活動の幅も広がりそうだし、なにより金色の7番街を案内できる者が仲間になったのは、これからの作戦に大きく影響するだろう。
 少なくとも……この時の俺は、そう思っていた。

「あれ、この手紙……あっ、そうか」
 新入りの歓迎会が一晩中盛大に行われ、一息つき朝日がすっかり顔を出した頃。出発の準備を進めていた俺達だったが……ティティが一通の手紙を手に俺の側へ寄ってきた。
「これ、思い出した。今回の依頼を受けるときに依頼人からギルド経由で渡されてたの」
 依頼人から渡された? ということはミネルバから? なんだって今更……俺は封を切り中身を取り出し読み始めた。
「もしあたしが掴まったら渡せって。でもこのあたしが掴まるなんて考えられなかったから、その手紙のことも忘れちゃってたの」
 忘れたって、大事な手紙だろうに……なるほど、だからティティをわざわざ……俺は短い文で綴られたその手紙を読み終えると、即座に紙を丸め地面へ思い切り叩きつけた。
「どうかなさいまして?」
 エリスが俺を気遣いながらも手紙の内容が気になるらしく、紙を拾いそれを広げる。他の者達も気になったようで集まりだした。
「……ささやかな「餞別(せんべつ)」を、死に急ぐ君達へ送ろう……これはまあなんという……」
 手紙を読み上げたエリスも他の眷属達も、すぐに手紙の意味を理解できなかった。だがじわじわとその意味を理解し始めると、皆眉をひそめ始めた。
 餞別かよ……ミネルバはティティが俺達に掴まるのを見越していた。その上でティティを餞別として……死へと旅立つ俺達に、ティティ自身を贈り物としてよこしたのだ。挑発するために選んだメッセンジャーがなぜティティだったのか……その理由は、つまりこういう事だ。
「あいつ……くそぉ!」
 カサンドラが地を蹴り、無数の芝が宙を舞った。トコトン舐められてるな……盗賊が一人こちらに加わってもなんら問題ない……って事か。手のこんだ挑発をしてくれる。これはもしかしたら……あのデーモンが入れ知恵をしているかも知れないな。破滅行為を好むデーモンなら、こういった挑発で相手を憤慨させ、より破滅を起こさせるなんて事を考えそうだ。
「あの……やっぱり、あたしはいらなかったんですか?」
 瞳を潤ませながら俺を見上げるティティ。自分が贈り物にされた、それもただ俺達を挑発するためだけに選ばれた事をしり、不安になっている。
「馬鹿言え……お前は俺の大事な眷属だ。切っ掛けはどうでも良いって言ったのはお前だろう?」
 くしゃくしゃと真っ赤な癖毛を撫で回してやると、ティティは満面の笑みを浮かべた。
 俺はティティを眷属にした後、彼女を洗脳して眷属へと導いたことを全て隠さず話した。黙っていた方が良かったことかも知れないが、しかし俺は自分の愛すべき眷属に隠し事はあまりしたくない。ティティはもちろん驚いたが、取り乱すことはなかった。こうして眷属になれて幸せだから、切っ掛けはなんでも良いと、そう言って。
「ご主人様の眷属になれて……幸せです。ご主人様怒るかもしれないけど、あたしは、ミネルバって依頼人に感謝してます……」
「そうか……そうだな」
 足に抱きつき頬をこすりつけながら、ティティは自身の言葉通り幸せそうに微笑んだ。経緯はどうであれ、俺の眷属にした以上責任は取る。こいつも他の眷属同様、全てを愛してやるさ。それが主人たる俺の責任。
 そして……ミネルバ。絶対に、あいつも俺の眷属にしてやる。骨の髄までしゃぶるように愛し愛させてやるからな。ここまでコケにした分だけ、キッチリな!

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